・・・真鍮は真鍮と悟ったとき、われらは制服を捨てて赤裸のまま世の中へ飛び出した。子規は血を嘔いて新聞屋となる、余は尻を端折って西国へ出奔する。御互の世は御互に物騒になった。物騒の極子規はとうとう骨になった。その骨も今は腐れつつある。子規の骨が腐れ・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・双方とも真赤裸のように記憶している。しかし長谷川君の話し方は初対面の折露西亜の政党を論じた時と毫も異なるところなく、呂音で落ちついて、ゆっくりしているものだから、全く赤裸と釣り合わない。君は少しも顧慮する気色も見えず醇々として頭の悪い事を説・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・日の光いたらぬ山の洞のうちに火ともし入てかね掘出す赤裸の男子むれゐて鉱のまろがり砕く鎚うち揮てさひづるや碓たててきらきらとひかる塊つきて粉にする筧かけとる谷水にうち浸しゆれば白露手にこぼれくる黒けぶり群りたたせ手もす・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ところでじゃ、あの精女の姿を思い出して見なされ、思い出すどころかとっくに目先にチラツイてある事じゃろうがマア、そのやせ我まんと云う仮面をぬいで赤裸の心を出さにゃならぬワ、昨日今日知りあった仲ではないに……第一の精霊ほんとうにそうじゃ、春・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・ミーダ 体も心も赤裸か、楽園を追われたアダムとイブと云いたいが、俺と云う憑きものがあるだけ、あの当時より複雑だ。カラ ああ私も、久しぶりで堪能した。ちょいちょい小出しに楽しもうと蓄めさせた涙の壺、霊の櫃だけでも彼那になった。ヴィ・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ 毎日毎日一つずつ大切なものを奪われて七日たった夕方は美くしかった小鳥は赤裸で一本の足で枯枝に止まって居った。神様、もう木になれまするか。 死にそうな哀な小鳥はきくと、悪魔は大声あげて笑いながら、いずれそのうちに・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫