・・・あるいは道のために、あるいは職のために、あるいは意気のために、あるいは恋愛のために、あるいは忠孝のために、彼らは、生死を超脱した。彼らは、おのおの生死もまたかえりみるにたりぬ大きなあるものを有していた。こうして、彼らのある者は、満足にかつ幸・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・く、焚死しても快川国師の如く、震死しても藤田東湖の如くならば、不自然の死も却って感嘆すべきではない歟、或は道の為めに、或は職の為めに、或は意気の為めに、或は恋愛の為めに、或は忠孝の為めに、彼等は生死を超脱した、彼等は各々生死且つ省みるに足ら・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ 一八九〇年代のフランス文学の潮流は、一方に象徴派が隠遁超脱の城に立てこもり、一方には自然主義者たちが、象徴派の人々の神経病を嗤っているという時代であった。アンドレ・ジイドは「ワルテルの手記」によって後者の庶民的生活力には結びつかず、象・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・と云う一面、ゲーテ、シェイクスピア、ニーチェ、あらゆる古今の天才に倣わんとするものであると云わせる彼の天才主義は、彼自身そこから超脱した生活は有り得ないことを明言している時代と歴史の歯車の間で、どのような自身の帰結を可能としていたろうか。・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・あれ等の歌も遺した人々の心の全部を其のような激情が占領していて、花を見ても月を見ても、純粋に花の美しさ月の輝かしさを愛せなかった不幸を、超脱しようとしない心の凝固が、芸術品としての歌に、渾然とした命を与えていないらしい。 これは、まるで・・・ 宮本百合子 「新緑」
・・・美くしい月光の揺曳のうちにも、光輝燦然たる太陽のうち、または木や草や、一本の苔にまでも宿っている彼女の守霊は、あらゆる時と場所との規則を超脱して、泣いて行く彼女を愛撫し、激昂に震える彼女を静かに、なだめるのである。 心が暗く、陰気に沈む・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 今日では、個人を超脱した何かより高いもののように仮装されがちな皮相なものわかりのよさが、女の実質をたかめるものでないことを理解するところまで、ものわかりよくならねばなるまい。外からこうしろといわれ、そうしていれば無事だからというものわ・・・ 宮本百合子 「ものわかりよさ」
・・・ 先生の超脱の要求は、痛苦の過多に苦しむ者のみが解し得る心持ちである。我々は非人情を呼ぶ声の裏にあふれ過ぎる人情のある事を忘れてはならない。娘がめっかちになって自分の前に出て来ても、ウンそうかと言って平気でいられるようになりたい、という・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫