・・・それから、それを掌でもみ合せながら、忙しく足下へ撒きちらし始めた。鏘々然として、床に落ちる黄白の音が、にわかに、廟外の寒雨の声を圧して、起った。――撒かれた紙銭は、手を離れると共に、忽ち、無数の金銭や銀銭に、変ったのである。……… 李小・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・ その半町ばかり離れた所が、ちょうど寂しい石河岸の前で、上の方だけ西日に染まった、電柱のほかに何もない――そこに新蔵はしょんぼりと、夏外套の袖を合せて、足元を眺めながら、佇んでいました。が、やっと駈けつけた泰さんが、まだ胸が躍っていると・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 僕はいい気味で、もう一つ八っちゃんの頬ぺたをなぐりつけておいて、八っちゃんの足許にころげている碁石を大急ぎでひったくってやった。そうしたら部屋のむこうに日なたぼっこしながら衣物を縫っていた婆やが、眼鏡をかけた顔をこちらに向けて、上眼で・・・ 有島武郎 「碁石を呑んだ八っちゃん」
・・・子供は、よけてもらったのを感じもしない風で、彼の方には見向きもせず、追って来る子供にばかり気を取られながら、彼の足許から遠ざかって行った。そのことごとく利己的な、自分よがりなわがままな仕打ちが、その時の彼にはことさら憎々しく思えた。彼はこう・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・ 同時に真直に立った足許に、なめし皮の樺色の靴、宿を欺くため座敷を抜けて持って入ったのが、向うむきに揃っていたので、立花は頭から悚然とした。 靴が左から……ト一ツ留って、右がその後から……ト前へ越すと、左がちょい、右がちょい。 ・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ その声が、直ぐ耳近に聞こえたが、つい目前の樹の枝や、茄子畑の垣根にした藤豆の葉蔭ではなく、歩行く足許の低い処。 其処で、立ち佇って、ちょっと気を注けたが、もう留んで寂りする。――秋の彼岸過ぎ三時下りの、西日が薄曇った時であった。こ・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・自分の踏んでいる足下の土地さえ、あるかないか覚えない。 突然、今自分は打ったか打たぬか知らぬのに、前に目に見えていた白いカラが地に落ちた。そして外国語で何か一言言うのが聞えた。 その刹那に周囲のものが皆一塊になって見えて来た。灰色の・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・私は、山に入って、琵琶滝と澗満の滝を見に行こうと出かけた。足許の草花は既に咲き乱れていた。而して、虫の音は悲しげに聞かれた。 小川未明 「渋温泉の秋」
・・・私は勝手が分らぬので、ぼんやり上り口につっ立っていると、すぐ足元に寝ていた男に、「おいおい。人の頭の上で泥下駄を垂下げてる奴があるかい。あっちの壁ぎわが空いてら。そら、駱駝の背中みたいなあの向う、あそこへ行きねえ。」と険突を食わされた。・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 白崎はやっと窓から首をひっ込めて、そしてひょいと足許を見た途端、「おやッ! このトランクは……?」「あッ、あの娘さんのや」 と、赤井もびっくりしたような声を出した。「渡すのを忘れたんだ。君、あの人の名前知ってる?」・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
出典:青空文庫