・・・小僧はだぶだぶの白足袋に藁草履をはいて、膝きりのぼろぼろな筒袖を着て、浅黄の風呂敷包を肩にかけていた。「こらこら手前まだいやがるんか。ここは手前なぞには用のないところなんだぜ。出て行け!」 掃除に来た駅夫に、襟首をつかまえられて小突・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 髪の毛を前へおろして、糊の寝た浴衣を着、暑いのに黒足袋を穿いていた。にこにこして立っているのを、先ほどの男が椅子を持って来て坐らせた。 印度人は非道いやつであった。 握手をしようと言って男の前へ手を出す。男はためらっていたが思・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・さすがの自分も参っていた。足袋を一足買ってお茶の水へ急いだ。もう夜になっていた。 お茶の水では定期を買った。これから毎日学校へ出るとして一日往復いくらになるか電車のなかで暗算をする。何度やってもしくじった。その度たびに買うのと同じという・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・『叔父さんあっちは大変寒いところだというじゃアありませんか』とお常は自分の足袋の底を刺しながら言いぬ。『なに吉さんはあの身体だもの寒にあてられるような事もあるまい』と叔母は針の目を通しながら言えり。『イヤそうも言えない随分ひどい・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・やっと歩きだした二人目の子供が、まだよく草履をはかないので裸足で冷えないように、小さい靴足袋を買ってやらねばならない。一カ月も前から考えていることも思い出した。一文なしで、解雇になってはどうすることも出来なかった。 彼は、前にも二三度、・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・着ている物は浅葱の無紋の木綿縮と思われる、それに細い麻の襟のついた汗取りを下につけ、帯は何だかよく分らないけれども、ぐるりと身体が動いた時に白い足袋を穿いていたのが目に浸みて見えた。様子を見ると、例えば木刀にせよ一本差して、印籠の一つも腰に・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・黒いゲートルを巻いた、ゴム足袋の看守が両手を後にまわして、その側をブラ/\しながら何か話しかけていた……。夕陽が向う側の監獄の壁を赤く染めて、手前の庭の半分に、煉瓦建の影を斜めに落していた。――それは日が暮れようとして、しかもまだ夜が来てい・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・その末子がもはや九文の足袋をはいた。 四人ある私の子供の中で、身長の発育にかけては三郎がいちばんおくれた。ひところの三郎は妹の末子よりも低かった。日ごろ、次郎びいきの下女は、何かにつけて「次郎ちゃん、次郎ちゃん」で、そんな背の低いことで・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・「あたしだって足袋のままですわ」 自分もそれなり降りて花床を跨ぐ。はかなげに咲き残った、何とかいう花に裾が触れて、花弁の白いのがはらはらと散る。庭は一面に裏枯れた芝生である。離れの中二階の横に松が一叢生えている。女松の大きいのが二本・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・朝、寝たまま足袋をはかせてもらったりして。 ――神聖な家庭に、けちをつけちゃ、こまるね。私は、いま、仕合せなんだからね。すべてが、うまくいっている。 ――そうして、やっぱり、朝はスウプ? 卵を一つ入れるの? 二つ入れるの? ――・・・ 太宰治 「愛と美について」
出典:青空文庫