・・・何しろ硝子板を粉々に蹴飛ばしたんだから、砕屑でも入ってたら大変だ。そこで私は丁嚀に傷口を拡げて、水で奇麗に洗った。手拭で力委せに縛った。 応急手当が終ると、――私は船乗りだったから、負傷に対する応急手当は馴れていた――今度は、鉄窓から、・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・と、メーツは答えて、コムパスを力一杯、蹴飛ばした。 コンパスは、グルっと廻って、北東を指した。 第三金時丸は、こうして時々、千本桜の軍内のように、「行きつ戻りつ」するのであった。コムパスが傷んでいたんだ。 又、彼女が、ドックに入・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・仕方がないから、一太は道傍の石ころを蹴飛ばしては追いかけて歩いたが、どうかしてそれが玉子の売れないのとぶつかると、一太は黙って歩いているのが淋しいような心配な気になった。「ね、おっかちゃん」「何だよ、ねえねえってさっきから、うるさい・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・貴族と町人とはそれぞれの社会的な理由から、現実に益軒のモラルは蹴飛ばして生きていただろうと思う。 徳川の末、日本文学は興味ある変化を示した。その一つに、近松門左衛門の文学がある。彼の作品は、浄瑠璃として作られた。日本文学史の中で、近松の・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・冷胆な医院のような白さの中でこれは又若々しい主婦が生き生きと皿の柱を蹴飛ばしそうだ。 その横は花屋である。花屋の娘は花よりも穢れていた。だが、その花の中から時々馬鹿げた小僧の顔がうっとりと現れる。その横の洋服屋では首のない人間がぶらりと・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫