・・・やがてもったいらしく身構えをして、「はい、写しますよ」とこちらを見詰める。「あら、目を閉ってるものがあるものか。……さ、写りますよ。……ただ今。はいありがとう」と手に持った厚紙の蓋を鑵詰へ被せると、箱の中から板切れを出して、それを提・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・僕も身構えた。「なにもございませんけれど。」 マダムが縁側へ出て来て僕の顔を覗いた。部屋には電燈がぼんやりともっていたのである。「そうか。そうか。」青扇は、せかせかした調子でなんども首肯きながら、眉をひそめ、何か遠いものを見てい・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ 私は身構えて、そう注意してやった。 懐から一本の銀笛が出た。銀笛は軒燈の灯にきらきら反射した。銀笛はふたりの亭主を失った中年の女給に手渡された。 百姓のこのよさが、私を夢中にさせたのだ。それは小説のうえでなく、真実、私はこの百・・・ 太宰治 「逆行」
・・・屹っと身構えて、この酒飲まれてたまるものか。それ、この瓶は戸棚に隠せ、まだ二目盛残ってあるんだ、あすとあさってのぶんだ、この銚子にもまだ三猪口ぶんくらい残っているが、これは寝酒にするんだから、銚子はこのまま、このまま、さわってはいけない、風・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・私は身構えた。彼はまぶしそうに額へたくさんの皺をよせて、私の姿をじろじろ眺め、やがて、まっ白い歯をむきだして笑った。笑いは私をいらだたせた。「おかしいか。」「おかしい。」彼は言った。「海を渡って来たろう。」「うん。」私は滝口から・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
・・・ 私は素早く蒲団をたたみ押入れにつっこんで、部屋のその辺を片づけて、羽織をひっかけ、羽織紐をむすんで、それから、机の傍にちゃんと坐って身構えた。異様な緊張であった。まさか、こんな奇妙な経験は、私としても、一生に二度とは、あるまい。 ・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・けれども私は、そのころすべてにだらしなくなっていて、ほとんど私の身にくっついてしまったかのようにも思われていたその賢明な、怪我の少い身構えの法をさえ持ち堪えることができず、謂わば手放しで、節度のない恋をした。好きなのだから仕様がないという嗄・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・うむ、とふんばって、腰を落し、両腕をひろげて身構えた。取組めば、こっちのものだと、助七にはまだ、自信があった。「なんだい、それあ。田舎の草角力じゃねえんだぞ。」三木は、そう言い、雪を蹴ってぱっと助七の左腹にまわり、ぐゎんと一突き助七の顎・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ 王蛇がいたちのような小獣と格闘するときの身構えが実におもしろい見ものである。前半身を三重四重に折り曲げ強直させて立ち上がった姿は、肩をそびやかし肱を張ったボクサーの身構えそっくりである。そうして絶えずその立ち上がった半身を左右にねじ曲・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・磨ぎすました斧を左手に突いて腰に八寸ほどの短刀をぶら下げて身構えて立っている。余は覚えずギョッとする。女は白き手巾で目隠しをして両の手で首を載せる台を探すような風情に見える。首を載せる台は日本の薪割台ぐらいの大きさで前に鉄の環が着いている。・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
出典:青空文庫