・・・そんな事とは知らないから前に命ぜられた社員は着々進行して率ざ実現しようとなると、「アレはやめにした、」とケロリと冷ました顔をしている。自分ばかりが呆気に取られるだけなら我慢もなるが、社外の人に手数を掛けたり多少の骨折をさせたりした事をお関い・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・二郎まず入りてわれこれに続きぬ、貴嬢の姿わが目に入りし時はすでに遅かりき、われら乗りかうるひまもなく汽車は進行を始めたり。 貴嬢の目と二郎が目と空にあいし時のさまをわれいつまでか忘るべき、貴嬢は微かにアと呼びたもうや真蒼になりたまいぬ、・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・そこで僕は、春の日ののどかな光が油のような海面に融けほとんど漣も立たぬ中を船の船首が心地よい音をさせて水を切って進行するにつれて、霞たなびく島々を迎えては送り、右舷左舷の景色をながめていた。菜の花と麦の青葉とで錦を敷いたような島々がまるで霞・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・自由とは自然法則に従って進行する一系列の現象を自ら始める絶対的に自発的な原因または能力と呼んだ。すなわち、「何々からの自由でなく、規定の一つ多い積極的自由である。規定が一つ減じることは因果律が許さないが、一つ増加することは差支えない。しから・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 自然主義運動に対立して平行線的に進行をつゞけた写生派、余裕派、低徊派等の諸文学については、森鴎外が、軍医総監であったことゝ、後に芥川龍之介が「将軍」を書いている以外、軍事的なものは見あたらない。たゞ、それらの文学と深い関係のある、或る・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・さすがにその秘密の仕事部屋には訪れて来るひとも無いので、私の仕事もたいてい予定どおりに進行する。しかし、午後の三時頃になると、疲れても来るし、ひとが恋しくもなるし、遊びたくなって、頃合いのところで仕事を切り上げ、家へ帰る。帰る途中で、おでん・・・ 太宰治 「朝」
・・・ かるわざの曲目は進行した。樽。メリヤス。むちの音。それから金襴。痩せた老馬。まのびた喝采。カアバイト。二十箇ほどのガス燈が小屋のあちこちにでたらめの間隔をおいて吊され、夜の昆虫どもがそれにひらひらからかっていた。テントの布地が足りなか・・・ 太宰治 「逆行」
・・・ 博覧会の工事も大分進行しているようである。これもやはりほんの一時的の建築だろうが、使っている材木を見るとなかなか五十年や百年で大きくなったとは思われないような立派なものがある。なんだか少し勿体ないような気がする。こんなものを使わなくて・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・ その時に一つ困った事は、私がたとえばある器物か絵かに特別の興味を感じて、それをもう少し詳しくゆっくり見たいと思っても、案内者はすべての品物に平等な時間を割り当てて進行して行くのだから、うっかりしているとその間にずんずんさきへ行ってしま・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・元来人間の命とか生とか称するものは解釈次第でいろいろな意味にもなりまたむずかしくもなりますが要するに前申したごとく活力の示現とか進行とか持続とか評するよりほかに致し方のない者である以上、この活力が外界の刺戟に対してどう反応するかという点を細・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
出典:青空文庫