・・・殊に試験でも始まっていれば、二日や三日遅れる事は、何とも思っていないかも知れない。遅れてもとにかく帰って来れば好いが、――彼の考がそこまで来た時、誰かの梯子を上って来る音が、みしりみしり耳へはいり出した。洋一はすぐに飛び起きた。 すると・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・進級の遅れるのも覚悟しております。」「進級の遅れるのは一大事だ。それよりそこに起立していろ。」 甲板士官はこう言った後、気軽にまた甲板を歩きはじめた。K中尉も理智的には甲板士官に同意見だった。のみならずこの下士の名誉心を感傷的と思う・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・これがこのうえ後れると、勇悍なのが一羽押寄せる。馬に乗った勢で、小庭を縁側へ飛上って、ちょん、ちょん、ちょんちょんと、雀あるきに扉を抜けて台所へ入って、お竈の前を廻るかと思うと、上の引窓へパッと飛ぶ。「些と自分でもお働き、虫を取るんだよ・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・入った時は一滴の手水も出なかったので、小春に言うと、電話までもなく、帳場へ急いで、しばらくして、真鍮の水さしを持って来て言うのには、手水は発動機で汲上げている処、発電池に故障があって、電燈もそのために後れると、帳場で言っているそうで。そこで・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・当り前の頭があって、相当に動いて居りさえすれば、君時代に後れるなどいうことがあるもんじゃないさ。露骨に云って終えば、時代におくれやしないかなどいう考えは、時代の中心から離れて居る人の考えに過ぎないのだろうよ」 腹の奥底に燃えて居った不平・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ しかし急がねば遅れる。遅れたが最後無事には済むまい。「脱走したくなるのはこんな時だなア」 降るような星空を仰いで、白崎は呟いた。「ほんまに、そやなア」 赤井は隊の外へ出ると、大阪弁が出た。「――しやけど、脱走したら・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・別室とでもいうところでひっそり待っていると、仲人さんが顔を出し、実は親御さん達はとっくに見えているのだが、本人さんは都合で少し遅れることになった、というのは、本人さんは今日も仕事の関係上欠勤するわけにいかず、平常どおり出勤し、社がひけてから・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ しかも十時前に来ることはあっても、十時に遅れることはない。 律義な女事務員のように時間は正確であった。 まるで出勤のようであった。しかし、べつに何をするというわけでもない。ただ十時になると、風のようにやって来て、お茶を飲みなが・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・そうして遅れるものと進むものとが統計上三または四の平均週期で現われるとすると、若干時の後に実現される運転状況は、私がこの編の初めに記述したとだいたい同じようになるわけである。すなわち三四台の週期で、著しい満員車が繰り返され、それに次ぐ二三台・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・それに後れること殆ど一世紀にして裸体の見世物が戦敗後の世人の興味を引きのばしたのだ。時代と風俗の変遷を観察するほど興味の深いものはない。昭和廿四年正月 永井荷風 「裸体談義」
出典:青空文庫