・・・その頃椿岳はモウ世間の名利を思切った顔をしていたが、油会所の手代時代の算盤気分がマダ抜けなかったと見えて、世間を驚かしてやろうという道楽五分に慾得五分の算盤玉を弾き込んで一と山当てるツモリの商売気が十分あった。その頃どこかの気紛れの外国人が・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・無難ニ飯ガクエレバ、コンナラクナ事ハアリマセヌ、慾ニハ私モ東京ニイテ、文芸倶楽部ノ末ノ方ニアルヨウナ端唄ヲツクッテ、竹富久井アタリニ集会シテイマシタラ、モウ一倍ラクナ事ダロウト思イマス近ゴロノ私ノ道楽ハ、何デモオモイ浮ンダコトヲ書ツケテ・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ そんなにくどくどと勿体をつけられて借りると、私は飛ぶようにして家へかえり、天辰の主人がどうしてこれを手に入れたのか、案外道楽気のある男だと思いながら、読み出した。謄写刷りの読みにくい字で、誤字も多かったが、八十頁余りのその記録をその夜・・・ 織田作之助 「世相」
・・・姑は中風、夫は日が一日汚い汚いにかまけ、小姑の椙は芝居道楽で京通いだとすれば、寺田屋は十八歳の登勢が切り廻していかねばならぬ。奉公人への指図はもちろん、旅客の応待から船頭、物売りのほかに、あらくれの駕籠かきを相手の気苦労もあった。伏見の駕籠・・・ 織田作之助 「螢」
・・・「ヤレ月の光が美だとか花の夕が何だとか、星の夜は何だとか、要するに滔々たる詩人の文字は、あれは道楽です。彼等は決して本物を見てはいない、まぼろしを見ているのです、習慣の眼が作るところのまぼろしを見ているに過ぎません。感情の遊戯です。哲学・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・村の者、町の者、出張所の代診、派出所の巡査など五六名の者は笊碁の仲間で、殊に自分と升屋とは暇さえあれば気永な勝負を争って楽んでいたのが、改築の騒から此方、外の者はともかく、自分は殆ど何より嗜好、唯一の道楽である碁すら打ち得なかったのである。・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・あたしが犬の道楽さえ、よしたら、いつでも、また、あなたのところへ帰っていいって、そうちゃんと約束があったじゃないの。 ――よしてやしないじゃないか。なんだ、こんどの犬は、またひどいじゃないか。これは、ひどいね。蛹でも食って生きているよう・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ミステフィカシオンが、フランスのプレッシュウたちの、お道楽の一つであったそうですから、兄にも、やっぱり、この神秘捏造の悪癖が、争われなかったのであろうと思います。 兄がなくなったのは、私が大学へはいったとしの初夏でありましたが、そのとし・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・木の皮を煮てかせ糸を染めることまで自分でやるのを道楽にしていたようである。純粋な昔ふうのいわゆる草木染めで、化学染料などの存在はこの老人の夢にも知らぬ存在であった。この老人の織ったふとん地が今でもまだ姉の家に残っているが、その色がちっともあ・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・ 以上述べて来ただけのことから考えても映画の制作には、かなり緻密な解析的な頭脳と複雑な構成的才能とを要することは明白であろう。道楽のあげくに手を着けるような仕事では決してないのである。「分析」から「総合」に移る前に行なわるる過程は「・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫