・・・苗のまだ舒びない花畑は、その間の小径も明かに、端から端まで目を遮るものがないので、もう暮近いにも係らず明い心持がする。池のほとりには蒹葭が生えていたが、水は鉄漿のように黒くなって、蓮は既に根も絶えたのか浮葉もなく巻葉も見えず、この時節には噪・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・ 夜は忽ち暗黒の中に眺望を遮るのみか、橋際に立てた掲示板の文字さえ顔を近づけねば読まれぬほどにしていた。掲示は通行の妨害になるから橋の上で釣をすることを禁ずるというのである。しかしわたくしは橋の欄干に身を倚せ、見えぬながらも水の流れを見・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・眼に遮るものは微塵もない。カーライルは自分の経営でこの室を作った。作ってこれを書斎とした。書斎としてここに立籠った。立籠って見て始めてわが計画の非なる事を悟った。夏は暑くておりにくく、冬は寒くておりにくい。案内者は朗読的にここまで述べて余を・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・行手を遮るものは主でも斃せ、闇吹き散らす鼻嵐を見よ。物凄き音の、物凄き人と馬の影を包んで、あっと見る睫の合わぬ間に過ぎ去るばかりじゃ。人か馬か形か影かと惑うな、只呪いその物の吼り狂うて行かんと欲する所に行く姿と思え。 ウィリアムは何里飛・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 私はヘトヘトになって板壁を蹴っている時に、房と房との天井際の板壁の間に、嵌め込まれてある電球を遮るための板硝子が落ちて来た。私は左の足でそれを蹴上げた。足の甲からはさッと鮮血が迸った。 ――占めた!―― 私は鮮血の滴る足を、食・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・が投げたる球を打つべき木の棒(長さ四尺ばかりにして先の方やや太く手にて持つ処一尺四方ばかりの荒布にて坐蒲団のごとく拵えたる基三個本基および投者の位置に置くべき鉄板様の物一個ずつ、攫者の後方に張りて球を遮るべき網(高さ一間半、幅競技者十八人審・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・ 私が無遠慮に、祖母の言葉を遮るのが常であった。「そんなことをおっしゃると、みんな心持がわるくなってよ。ただおりゃあ安積へ行きたくなったごんだとおっしゃいよ。――そうでしょう? 私も行っても悪くないごんだから、ついて行って上げるわ。・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・メーデーの行進が遮るものもなく日本の街々に溢れ、働くものの歌の声と跫足とが街々にとどろくということは、とりも直さず、これら行進する幾十万の勤労男女がそれをしんから希望し、理解し実行するなら、保守の力はしりぞけられ、日本もやがては働く人民の幸・・・ 宮本百合子 「メーデーに歌う」
・・・ 文吉はひどく勿体ながって、九郎右衛門の詞を遮るようにして、どうぞそう云わずに御託宣を信ずる気になって貰いたいと頼んだ。 九郎右衛門は云った。「いや。己は稲荷様を疑いはせぬ。只どうも江戸ではなさそうに思うのだ」 こう云っている所・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・この詞を、フィンクは相手の話を遮るように云って、そして心のうちでは、また下らないことを云ったなと後悔した。「ええ。わたくしはまだ若うございます。」女はさっぱりと云った。そしてそう云いながら微笑んだらしく思われた。それからこう云った。「そ・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫