・・・ったいないので遠慮して、次女のトシ子を抱いておっぱいをやり、うわべは平和な一家団欒の図でしたが、やはり気まずく、夫は私の視線を避けてばかりいますし、また私も、夫の痛いところにさわらないよう話題を細心に選択しなければならず、どうしても話がはず・・・ 太宰治 「おさん」
・・・ 私は高等学校一年生の時に、早くもお洒落の無常を察して、以後は、やぶれかぶれで、あり合せのものを選択せずに身にまとい、普通の服装のつもりで歩いていたのであるが、何かと友人たちの批評の対象になり、それ故、臆して次第にまた、ひそかに服装にこ・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・喧嘩のまえには何かしら気のきいた台詞を言わないといけないことになっているが、次郎兵衛はその台詞の選択に苦労をした。型でものを言っては実際の感じがこもらぬ。こういう型はずれの台詞をえらんだ。おまえ、間違ってはいませんか。冗談じゃないかしら。お・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・これは元来ダーウィンの自然淘汰説に縁をひいていて、自然の選択を人工的に助長するにある。尤もこの考えはオリンピアの昔から、あらゆる試験制度に通じて現われているので、それ自身別に新しいことではないが、問題は制度の力で積極的にどこまで進めるかにあ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・室に付随した歴史や故実などはベデカによらなければ全くわからないが、窓のながめのよしあしぐらいは自分の目で見つけ出し選択する自由を許してもらいたいような気もした。 ベデカというものがなかった時の不自由は想像のほかであろうが、しかしまれには・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・に移る前に行なわるる過程は「選択」の過程である。 すべての芸術は結局選択の芸術であるとも言われる。芸術家の素材となりその表現の資料となるものはわれわれの日常の眼前にころがっている。その中から何を発見してつまみ上げるかが第一歩の問題であり・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ それから遊び場所の選択や、交通の便なぞについて話しているうちに時が移っていった。山嵐のような風がにわかに出てきて、離れの二階の簾を時々捲きあげていたが、それもひとしきりであった。お絹たちは京阪地方へも、たいてい遊びに行っていて、名所や・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・まずその汁の実を何に致しましょうと聞かれると、実になり得べき者を秩序正しく並べた上で選択をしなければならんだろう。一々考え出すのが第一の困難で、考え出した品物について取捨をするのが第二の困難だ」「そんな困難をして飯を食ってるのは情ない訳・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・すでに他人本位であるからには種類の選択分量の多少すべて他を目安にして働かなければならない。要するに取捨興廃の権威共に自己の手中にはない事になる。したがって自分が最上と思う製作を世間に勧めて世間はいっこう顧みなかったり自分は心持が好くないので・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・そうしてこの問題の裏面には選択と云う事が含まれております。ある程度の自由がない以上は、また幾分か選択の余裕がないならばこの問題の出ようはずがない。この問題が出るのはこの問題が一通り以上に解決され得るからである。この解決の標準を理想というので・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫