・・・すると親類の一人から電話がかかって、辰之助が出てゆくと、今避難者が四百ばかり著くから、その中に道太の家族がいるかもしれないというのであった。道太はおぼつかないことだと思いながら、何だか本当に来るような気がして、あわててお湯を飛びだした。誰々・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・だから、それはただ気休めである丈けではあったが、猶、坑夫たちはそこを避難所に当てねばならなかった。と云うのは、そっちに近い方に点火したものは、そっちに駈け登る方が早かったから。 秋山は、ベルの中絶するのを待っている間中、十数年来、曾てな・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・ ――どうしたんだ。 ――傷をしたんだよ。 ――そりゃ分ってるさ。だがどうしてやったかと訊いてるんだ。 ――君たちが逃げてる間の出来事なんだ。 ――逃げた間とは。 ――避難したことさ。 ――その間にどうしてさ。・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・けれども、また亡くなった鷲の大臣が持っていた時は、大噴火があって大臣が鳥の避難のために、あちこちさしずをして歩いている間に、この玉が山ほどある石に打たれたり、まっかな熔岩に流されたりしても、いっこうきずも曇りもつかないでかえって前よりも美し・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ 神よりも自己を頼み、又とない避難所とし祈りの場所とする事は、願うべき事である。 そう云えば、此の主我が主張する箇人主義、利己主義は真に尊いものであるべきである。完全なものであるべきである。 それを、何故、此の主義は、子を奪い去・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・当時の社会生活から一応は游離して、精神と富との避難所としての文化が辛うじて生きのびた。 僅に、九州や中国の、徳川からの監視にやや遠い地域の大名たちだけが、密貿易や僅かの海外との交渉で、より新しい生活への刺戟となる文化を摂取した。維新に、・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
・・・鉄道沿線の国道には、西へ西へと避難してゆく自動車の列がどこまでも続いている。しかしキュリー夫人はあたりの動乱に断乎として耳をかさず、憂いと堅忍との輝いている独特な灰色の眼で、日光をあびたフランス平野の景色を眺めていた。ボルドーには避難して来・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・あなたのジャケツは私の唯一の避難用下着だから、私ので送れるのを工面致しましょう。これで誘われて、世田谷の子供達にも毛糸をやろうと思いつきました。和服で育っていても調法だから。そちらへも広島から隆治さんの葉書はきましたか。こちらへ一昨日もらい・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・とうとう避難者や弥次馬共の間に挟まれて、身動もならぬようになる。頭の上へは火の子がばらばら落ちて来る。りよは涙ぐんで亀井町の手前から引き返してしまった。内へはもう叔父が浜町から帰って、荷物を片附けていた。 浜町も矢の倉に近い方は大部分焼・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・小さい村で、人民は大抵避難してしまって、明家の沢山出来ている所なのだね。小川君は隣の家も明家だと思っていたところが、ある晩便所に行って用を足している時、その明家の中で何か物音がすると云うのだ。」通訳あがりは平山と云う男である。 小川は迷・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫