・・・問う、それ詩と俳諧といささかその致を異にす、さるを俳諧を捨てて詩を語れと云う迂遠なるにあらずや、答えて曰く画の俗を去るだにも筆を投じて書を読ましむ、いわんや詩と俳諧と何の遠しとすることあらんや詩に李杜を貴ぶに論なし、なお元白を捨てざるが・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・始めこの鳥籠を据える時に予は庭にあった李の木の五尺ばかりなのを生木のままで籠の中に植えさした。それは一つはとまり木にもなるしまた来年の春花がさいた時に、その花の中を鳥の飛ぶのが、如何にも綺麗であろうと思うたのであるが、小鳥どもはその木の葉を・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・で一寸したヒステリーに関する科学的トリックを利用しつつ、ウィーンにおける親日支那青年李金成暗殺の物語を語るなかで、「支那人を捕える方法を知っていますか。それは在住支那人の数名のものを買収なさい。日本人を捕える時には、それは不可能ですが、支那・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・しきたり通りの婚礼をした春桃の良人は李茂という男だった。やっと婚礼の轎が門に入ったばかりの時、大部隊の兵が部落に乱入して来て、逃げ出した新夫婦は、二日目の夜馬賊に襲撃されて又逃げるとき、遂にちりぢりとなった。その時より四五年経った。彼女の几・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・五助は肩にかけた浅葱の嚢をおろしてその中から飯行李を出した。蓋をあけると握り飯が二つはいっている。それを犬の前に置いた。犬はすぐに食おうともせず、尾をふって五助の顔を見ていた。五助は人間に言うように犬に言った。「おぬしは畜生じゃから、知・・・ 森鴎外 「阿部一族」
魚玄機が人を殺して獄に下った。風説は忽ち長安人士の間に流伝せられて、一人として事の意表に出でたのに驚かぬものはなかった。 唐の代には道教が盛であった。それは道士等が王室の李姓であるのを奇貨として、老子を先祖だと言い做し・・・ 森鴎外 「魚玄機」
・・・漱石は立って書斎から李白の詩集を取って来て、しきりに繰っていたが、なるほど君のいう通りだ、人静月同眠だね、と言った。樗陰は、そうでしょう、そうでなくちゃならない、月同照は変ですよ、と得意だったが、漱石は、しかしそうなるとまことに平凡だね、と・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫