・・・ けれども私は東京に出てから十年の間、いろいろな苦労をしたに似ず、やはり持って生まれた性質と見えまして、烈しいこともできず、烈しい言葉すらあまり使わず、見たところ女などには近よることもできない野暮天に見えますので、大工の藤吉が唐偏木で女・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・「ト云うと天覧を仰ぐということが無理なことになるが、今更野暮を云っても何の役にも立たぬ。悩むがよいサ。苦むがよいサ。」と断崖から取って投げたように言って、中村は豪然として威張った。 若崎は勃然として、「知れたことサ。」と・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・客は笑って、 「なアにお前、申訳がございませんなんて、そんな野暮かたぎのことを言うはずの商売じゃねえじゃねえか。ハハハ。いいやな。もう帰るより仕方がねえ、そろそろ行こうじゃないか。」 「ヘイ、もう一ヶ処やって見て、そうして帰りましょ・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・悪口をいえば骨董は死人の手垢の附いた物ということで、余り心持の好いわけの物でもなく、大博物館だって盗賊の手柄くらべを見るようなものだが、そんな阿房げた論をして見たところで、野暮な談で世間に通用しない。骨董が重んぜられ、骨董蒐集が行われるお蔭・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・樹男という野暮は即ちこれさ。元より羊は草にひとしく、海ほおずきは蛙と同じサ、動植物無区別論に極ッてるよ。さてそれから螺旋でこの生物を論ずると死生の大法が分るから、いよいよ大発明の大哲学サ、しッかりしてきかないと分らないよ。一体全体何・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・私には、野暮な俗人というしっぽが、いつまでもくっついていて、「作家」という一天使に浄化する事がどうしても出来ません。 私のいまの仕事は、旧約聖書の「出エジプト記」の一部分を百枚くらいの小説に仕上げる事なのです。私にとっては、はじめての「・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ その少女がまた隣りの部屋にひっこんでから、僕は、ことさらに生野暮をよそって仕事のことをたずねてやった。きょうばかりは化かされまいぞと用心をしていたのである。「小説です。」「え?」「いいえ。むかしから私は、文学を勉強していた・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・女は、私の野暮を憫笑するように、くすと笑って馬鹿叮嚀にお辞儀をした。けれども箸は、とらなかった。 すべて、東京の場末の感じである。「眠くなって来た。帰ります。」なんの情緒も無かった。 宿へ帰ったのは、八時すぎだった。私は再び、さ・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・だから私は、年少の友人に対しても、手加減せずに何かと不満を言ったものだ。野暮な田舎者の狭量かも知れない。私は三田君の、そのような、うぶなお便りを愛する事が出来なかった。それから、しばらくしてまた一通。これも原隊からのお便りである。 拝啓・・・ 太宰治 「散華」
・・・に通じまた「野暮な」に通ずるところに妙味がないとは言われない。 またこの「毛唐」がギリシアの「海の化けもの」ktos に通じ、「けだもの」、「気疎い」にも縁がなくはない。 話は変わるが二三日前若い人たちと夕食をくったとき「スキ焼・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
出典:青空文庫