・・・いずれが真珠、いずれが豚、つくづく主客てんとうして、今は、やけくそ、お嫁入り当時の髪飾り、かの白痴にちかき情人の写真しのばせ在りしロケットさえも、バンドの金具のはて迄。すっからかん。与えるに、ものなき時は、安(とだけ書いて、ふと他のこと考え・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ この御手洗の屋根の四本の柱の根元を見ると、土台のコンクリートから鉄金棒が突き出ていて、それが木の根の柱の中軸に掘込んだ穴にはまるようになっており、柱の根元を横に穿った穴にボルトを差込むとそれが土台の金具を貫通して、それで柱の浮上がるのを止・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・ 日本で製造して売っている金具付きのステッキはみんな少し使っていると金具がもげたり、はじけたり、へこんだりしてだめである。ここ数年来の経験でこの事実を確かめることができた。もっともステッキに限らず大概の国産商品がそうであり、ちゃんとした・・・ 寺田寅彦 「ステッキ」
・・・灰色の壁と純白な窓掛けとで囲まれたきりで、色彩といえばただ鈍い紅殻塗りの戸棚と、寝台の頭部に光る真鍮の金具のほかには何もない、陰鬱に冷たい病室が急にあたたかくにぎやかになった。宝石で作ったような真紅のつぼみとビロードのようにつやのある緑の葉・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・火災後、橋々の上には、箪笥やカバンの金具が一面にちらばっていたのでも、おおよそ想像が出来る。 永くこの経験と教訓を忘れないために、主な橋々に、この焼けこぼれた石の柱や板の一部を保存し、その脇に、銅版にでも、その由来を刻したものを張り付け・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・ 大理石の卓子の上に肱をついて、献立を書いた茶色の紙を挾んである金具を独楽のように廻していた忠一が、「何平気さ、うんと仕込んどきゃ、あと水一杯ですむよ」 廻すのを止め、一ヵ所を指さした。「なあに」 覗いて見て、陽子は笑い・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 見えがくれする金金具の車の裡に妹が居ると思えば不思議な淋しさと安らかな気持が渦巻き返る。 雨の裡を行く私の妹の柩。 たった一人立ちどまって頭を下げて呉れた人のあったのがどれほど私の胸に有難く感ぜられた事だろう。 ぬかるみの・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・辷りそうなとき自分は、季節が秋であろうが、雪下駄を穿けば、それには辷り止めの金具がついているから平気だもの。正直にすべって、足許をこわがっているのは、私たちのような、よそから来たものだけだ。 その山の茶屋では、志賀高原の松の翠からこしら・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・空っぽの囲りで、堅い金具が猶もそのような恰好をしているのを見るのは厭な気持であった。 それで自分は前かけの紐にしてしまったのだ。 ふっと、由子は心の隅に、更にもう一つの紅い玉を思い泛べた。帯留の練物のような薄紅色ではない。その玉は所・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・ 鍵がかかって居るのを、無理に何か道具でこじあけたと見えて、金具はガタガタになり、桐の軟かい材には無残な抉り傷がついて居る。 これには、母がまだお嬢様だった時分、書いたものや、繍ったもの、また故皇太后陛下からの頂戴ものその他一寸した・・・ 宮本百合子 「盗難」
出典:青空文庫