・・・一風変った古風な箪笥で、よく定斎屋がカッタ・カッタ環を鳴らして町を担いで歩いた、ああいう箪笥で、田舎くさく赤っぽい電燈の光に照らされ、引手のところの大きい円い金具が目立っている。郵便局の家であった。 目立つ箪笥を背にして、ずらりと数人の・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・ この一人用の寝台の金具を見るとき、ひろ子がきまって思い出す一つの情景がある。それは東に一間のれんじ窓があって、西へよった南は廊下なしの手摺りつきになった浅い六畳の二階座敷である。れんじ窓よりにこの寝台が置かれて、上に水色格子のタオルの・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・七つか八つのゴーリキイは、ニージュニの町の貧乏な男の子たちと一緒に、町はずれのゴミステ場へ行って、そこで空カンだのこわれた金具だのをひろって、売って其日其日を過しました。 ゴーリキイが処女作「マカール・チュードラ」を発表して、作家として・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイについて」
・・・細くしなやかな銀笛は赤い詩人の唇によせられました、白いペンをもつよりほかにしらないきゃしゃな十の指はその夕やみの中に動いて小さい金具の歌々からはゆるいなつかしい夕暮の空にふさわしい音がふるえながらわき出しました。吹き出した夕暮の風はローズの・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
・・・馬具の金具が夜の中にひかった。 小さい女はひどく急いでいる風で立ち止まるのも惜しそうに、歩道の上から御者に叫んだ。 ――ひま? ――何処へ行きますかね? ――サドゥヴァヤ! ストラスナーヤの角とトゥウェルスカヤ六十八番とへよ・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
・・・おれが手ずから本磨ぎに磨ぎ上げた南部鉄の矢の根を五十筋、おのおのへ二十五筋、のう門出の祝いと差し出して、忍藻聞けよ――『二方の中のどなたでも前櫓で敵を引き受けなさるならこの矢の根に鼻油引いて、兜の金具の目ぼしいを附けおるを打ち止めなされよ。・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫