・・・煤煙にとざされた大都市の空に銀河は見えない代わりに、地上には金色の光の飛瀑が空中に倒懸していた。それから楼を下って街路へおりて見ると、なるほどきょうは盆の十三日で昔ながらの草市が立っている。 真菰の精霊棚、蓮花の形をした燈籠、蓮の葉やほ・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・外国語学校に通学していた頃、神田の町の角々に、『読売新聞』紙上に『金色夜叉』が連載せられるという予告が貼出されていたのを見たがしかしわたくしはその当時にはこれを読まなかった。啻に『金色夜叉』のみならず紅葉先生の著作は、明治三十四、五年の頃友・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・只髪の毛は今の様に金色であった……ウィリアムは又内懐からクララの髪の毛を出して眺める。クララはウィリアムを黒い眼の子、黒い眼の子と云ってからかった。クララの説によると黒い眼の子は意地が悪い、人がよくない、猶太人かジプシイでなければ黒い眼色の・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・女は雪のごとく白い服を着けて、肩にあまる金色の髪を時々雲のように揺らす。ふとその顔を見ると驚いた。眼こそ見えね、眉の形、細き面、なよやかなる頸の辺りに至まで、先刻見た女そのままである。思わず馳け寄ろうとしたが足が縮んで一歩も前へ出る事が出来・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・印度の何とか称する貴族で、デッキパッセンジャーとして、アメリカに哲学を研究に行くと云う、青年に貰った、ゴンドラの形と金色を持った、私の足に合わない靴。刃のない安全剃刀。ブリキのように固くなったオバーオールが、三着。「畜生! どこへ俺は行・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・うすい金色だね。永遠の生命を思わせるね。」「実に僕たちの理想だね。」 雲のみねはだんだんペネタ形になって参りました。ペネタ形というのは、蛙どもでは大へん高尚なものになっています。平たいことなのです。雲の峰はだんだん崩れてあたりはよほ・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・この竜も睡って蛇の形になり、からだにはきれいなるり色や金色の紋があらわれていました。そこへ猟師共が来まして、この蛇を見てびっくりするほどよろこんで云いました。「こんなきれいな珍らしい皮を、王様に差しあげてかざりにしてもらったらど・・・ 宮沢賢治 「手紙 一」
・・・ 尾崎紅葉の「金色夜叉」は、貫一という当時の一高生が、ダイアモンドにつられて彼の愛をすてた恋人お宮を、熱海の海岸で蹴倒す場面を一つのクライマックスとしている。明治も中葉となれば、その官僚主義も学閥も黄金魔力に毒されてゆく。 もし、昔・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・竹やぶの細い葉を一枚一枚キラキラ強い金色にひらめかせながら西の山かげに太陽が沈みかけると、軽い蛋白石色の東空に、白いほんのりした夕月がうかみ出す、本当に空にかかる軽舸のように。しめりかけの芝草がうっとりする香を放つ。野生の野菊の純白な花、紫・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・彼女の髪は金色の渦を巻いてきらきらと慄えていた。ナポレオンの残忍性はルイザが藻掻けば藻掻くほど怒りと共に昂進した。彼は片手に彼女の頭髪を繩のように巻きつけた。――逃げよ。余はコルシカの平民の息子である。余はフランスの貴族を滅ぼした。余は全世・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫