・・・彼はただじっと両膝をかかえ、時々窓の外へ目をやりながら、(鉄格子をはめた窓の外には枯れ葉さえ見えない樫院長のS博士や僕を相手に長々とこの話をしゃべりつづけた。もっとも身ぶりはしなかったわけではない。彼はたとえば「驚いた」と言う時には急に顔を・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・大きな、鉄格子のはまった、四角な箱を車に乗せてきました。その箱の中には、かつて、とらや、ししや、ひょうなどを入れたことがあるのです。 このやさしい人魚も、やはり海の中の獣物だというので、とらや、ししと同じように取り扱おうとしたのでありま・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・大きな鉄格子のはまった四角な箱を車に乗せて来ました。その箱の中には、曾て虎や、獅子や、豹などを入れたことがあるのです。 このやさしい人魚も、やはり海の中の獣物だというので、虎や、獅子と同じように取扱おうとするのであります。もし、この箱を・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・南の鉄格子の窓に映っている弱い日かげが冬至に近いことを思わせた。彼は、正月の餅米をどうしたものか、と考えた。「どうも話の都合が悪いんじゃ。」やっと帰ってきた杜氏は気の毒そうに云った。「はあ。」「貯金の規約がこういうことになっとる・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・ 長い廊下の行手に、沢山の鉄格子の窓を持った赤い煉瓦の建物がつッ立っていた。 俺はだまって、その方へ歩き出した。 アパアト住い「南房」の階上。 独房――「No. 19.」 共犯番号「セ」の六十三号。・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ 四日目、私は遊説に出た。鉄格子と、金網と、それから、重い扉、開閉のたびごとに、がちん、がちん、と鍵の音。寝ずの番の看守、うろ、うろ。この人間倉庫の中の、二十余名の患者すべてに、私のからだを投げ捨てて、話かけた。まるまると白く太った美男・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・牢屋や留置場の窓の鉄格子、工場の窓の十字格子。終わりに近く映出される丸箱に入った蓄音機の幾何学的整列。こういったようなものが緩急自在な律動で不断に繰り返される。円形の要素としては蓄音機の円盤、工場の煙突や軒に現われるレコードのマーク。工場の・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・手拭を引さいた細紐を帯がわりにして、縞の着物を尻はし折りにした与太者の雑役が、ズブズブに濡らした雑巾で出来るだけゆっくり鉄格子のこま一つ一つを拭いたりして動いている。 夜前、神明町辺の博士の家とかに強盗が入ったのがつかまった。看守と雑役・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・―― 九月号の女性改造に「鉄格子の中から」として女囚の座談会がのっていた。そこには、三つの事件で犯罪にとわれた三人の女のひとの話がある。どれ一つとってみても、日本の民主化と云われている社会現実の上に、幾重にも折りたたまっている封建の野蛮・・・ 宮本百合子 「再版について(『私たちの建設』)」
・・・そこに鉄格子がはまっていて、雲しか見えず、オホーツク海をわたって吹く風の音しかきこえない高窓を見た。その下に体の大きい重吉がはげた赭土色の獄衣を着て、いがぐり頭で、終日そうやって縫っている。重吉の生きている精神にかけかまいなく、それが規則だ・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫