・・・ 赤さびの鉄片や、まっ黒こげの灰土のみのぼうぼうとつづいた、がらんどうの焼けあとでは、四日五日のころまで、まだ火気のある路ばたなぞに、黒こげの死体がごろごろしていました。隅田川の岸なぞには水死者の死体が浮んでいました。街上には電線や電車・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・神棚の燈明をつけるために使う燧金には大きな木の板片が把手についているし、ほくちも多量にあるから点火しやすいが、喫煙用のは小さい鉄片の頭を指先で抓んで打ちつけ、その火花を石に添えたわずかな火口に点じようとするのだから六かしいのである。 火・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・買いに行った店にはゴムのかかとのが無かったのでそのかわりに、かかとの一隅に小さな三角形の鉄片を打ちつけたのをなんの気なしに買って来た。それで、古いほうの靴は近所の靴屋へ直しにやって、そうしてこの新しいのをおろしてはいて玄関から一歩踏み出して・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・鳥の身体や脚はただ鎚でたたいて鍛え上げたばかりの鉄片を組合せて作ったきわめて簡単なもののように見える。鉄はところどころ赤く錆びている。それにもかかわらずこの粗末な器械は不思議な精巧な仕掛けでもあるかのように全く自働的に活動している。ちょうど・・・ 寺田寅彦 「夢」
・・・「しかし鉄片が磁石に逢うたら?」「はじめて逢うても会釈はなかろ」と拇指の穴を逆に撫でて澄ましている。「見た事も聞いた事もないに、これだなと認識するのが不思議だ」と仔細らしく髯を撚る。「わしは歌麻呂のかいた美人を認識したが、なんと画を活か・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・七巻八巻織りかけたる布帛はふつふつと切れて風なきに鉄片と共に舞い上る。紅の糸、緑の糸、黄の糸、紫の糸はほつれ、千切れ、解け、もつれて土蜘蛛の張る網の如くにシャロットの女の顔に、手に、袖に、長き髪毛にまつわる。「シャロットの女を殺すものはラン・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・「きられる鉄片の火花と音楽。さまざまな形で社会主義建設の骨格になり輪となり、起重機となり、鋲となる鉄の美しい力、篤志労働団はその間から叫ぶ。――生産経済プランを百パーセントに! 篤志労働団は叫ぶ。――いや。生産経済プランを一二〇パーセン・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
出典:青空文庫