・・・そしてその輝かしい微苦笑には、本来の素質に鍛錬を加えた、大いなる才人の強気しか見えない。更に又杯盤狼藉の間に、従容迫らない態度などは何とはなしに心憎いものがある。いつも人生を薔薇色の光りに仄めかそうとする浪曼主義。その誘惑を意識しつつ、しか・・・ 芥川竜之介 「久米正雄」
・・・清八はこの御意をも恐れず、御鷹の獲物はかかり次第、圜を揚げねばなりませぬと、なおも重玄を刺さんとせし所へ、上様にはたちまち震怒し給い、筒を持てと御意あるや否や、日頃御鍛錬の御手銃にて、即座に清八を射殺し給う。」 第二に治修は三右衛門へ、・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・合気の術は剣客武芸者等の我が神威を以て敵の意気を摧くので、鍛錬した我が気の冴を微妙の機によって敵に徹するのである。正木の気合の談を考えて、それが如何なるものかを猜することが出来る。魔法の類ではない。妖術幻術というはただ字面の通りである。しか・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・驚くべき処世の修行鍛錬を積んだ者で無くては出ぬ語調だった。女は其の調子に惹かれて、それではまずいので、とは云兼ぬるという自意識に強く圧されていたが、思わず知らず「ハ、ハイ」と答えると同時に、忍び音では有るが激しく泣出して終った。苦悩・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・チベットへ行くのは僕の年来の理想であって、中学時代に学業よりも主として身体の鍛錬に努めて来たのも実はこのチベット行のためにそなえていたのだ、人間は自分の最高と信じた路に雄飛しなければ、生きていても屍同然である、お母さん、人間はいつか必ず死ぬ・・・ 太宰治 「花火」
・・・強い紫外線と烈しい低温とに鍛練された高山植物にはどれを見ても小気味のよい緊張の姿がある。これに比べると低地の草木にはどこかだらしのない倦怠の顔付が見えるようである。 帰りに、峰の茶屋で車を下りて眼の上の火山を見上げた。代赭色を帯びた円い・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・もしかすると、この強い日照と濃い濃霧との交錯によって神経が鍛練されるせいもいくらかはあるのではないかという気がした。信州と云っても国が広いから一概には云われないであろうが、ただちょっとそんな気がしたのであった。 宿の本館に基督教信者・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・ことも合奏することも、決してあだな娯楽や消閑の一相ではなくて、実は並みならぬ修行であり鍛錬であることがわかって来るのである。 トリオやカルテットぐらいならば別に指揮者を必要としないが、少し楽器が多くなって管弦楽の形をとるようになれば、も・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・Sport で鍛錬した、強壮なお体で、どんな女でも来てみろと云うお心持で、長椅子に掛けていらっしゃったあなたに失望いたしたので、昔の世慣れない姿勢の悪い青年でいらっしゃらないのに当惑いたしたのでございます。それで客間に這入り兼ねていました。・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・私はその言葉を心に印されて今なお記憶しているのであるけれども、そのような批評を可能ならしめた、階級感情の小市民的分裂は、この二三年間の画期的鍛錬によって、一般的に統一の方向にむかい、もとの低さに止ってはいないのである。 先月号の『行動』・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
出典:青空文庫