・・・ 母が永らくぶらぶらして居たから、市川の親類で僕には縁の従妹になって居る、民子という女の児が仕事の手伝やら母の看護やらに来て居った。僕が今忘れることが出来ないというのは、その民子と僕との関係である。その関係と云っても、僕は民子と下劣な関・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ お前とこのとッつぁんも、何か少し加減が悪いような話だがもうえいのかいて、聞くと、おやじが永らくぶらぶらしてますから困っていますと云う、それだからこうして朝草も刈るのかと思ったら、おれは可哀そうでならなかった、それでおれは今鎌を買いに松・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・そんなある日堯は長らく寄りつかなかった、以前住んでいた町の質店へ行った。金が来たので冬の外套を出しに出掛けたのだった。が、行ってみるとそれはすでに流れたあとだった。「××どんあれはいつ頃だったけ」「へい」 しばらく見ない間にすっ・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・整理して諸種の便宜を生徒等に受けさせる塾監みたような世話焼が二三人――それは即ち塾生中の先輩でして、そして別に先生から後輩の世話役をしろという任命を受けて左様いう事を仕て居るというのでも無いのですが、長らく先生の教を受けて居る中に自然と左様・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・ どこへ住居を定めあるいは就職しても何となく面白く行かないで、次から次へと転宅あるいは転職する人のうちにはこの猫のようなのもあるいはあるかもしれない。 永らく坐りつづけていたあとで足がしびれて歩けなくなる。その時、しびれた足の爪先を・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・文鳥は一本足のまま長らく留り木の上を動かなかった。午飯を食ってから、三重吉に手紙を書こうと思って、二三行書き出すと、文鳥がちちと鳴いた。自分は手紙の筆を留めた。文鳥がまたちちと鳴いた。出て見たら粟も水もだいぶん減っている。手紙はそれぎりにし・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・それから己は生活の格子戸の前に永らく立っていたものだ。そして何日かは雷のような音がして、その格子戸が開くだろうと、甘いあくがれを胸に持って待っていて見たけれど、とうとう格子戸は開かずにしまった。そうかと思えばある時己はどうしてはいったともな・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ 長らく米国に居て宗教の研究をして居た彼は突然何の前知らせもなしに帰朝した。 此の不意の出来事には、彼地で家庭を持ち死ぬまでを暮す積りで居るのだと予想して居た多くの者共を非常に喫驚させた。「まあよくお帰りになった。・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・その出て行くときの彼女の礼節を無視した様子には、確に、長らく彼女を虐めた病人と病院とに復讎したかのような快感が、悠々と彼女の肩に現われていた。 六 梅雨期が近づき出すと、ここの花園の心配はこの院内のことばかりでは・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫