・・・寧ろ文明は神秘主義に長足の進歩を与えるものである。 古人は我々人間の先祖はアダムであると信じていた。と云う意味は創世記を信じていたと云うことである。今人は既に中学生さえ、猿であると信じている。と云う意味はダアウインの著書を信じていると云・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
科学上における権威の効能はほとんど論ずる必要はないほど明白なものである。ことに今日のごとく各方面の科学は長足の進歩を遂げてその間口の広い事、奥行の深い事、既往の比でない。なかなか風来人が門外から窺い見てその概要を知る事も容・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・ドイツの工業が著しい長足の進歩をしたのは、その基礎となるべき物理学、化学の研究に帰因するという事は識者の認めている所である。また医学の方でも物理的療法という言葉が出来て、その方の専門家もあるくらいである。また近年目ざましい進歩をしたいわゆる・・・ 寺田寅彦 「物理学の応用について」
・・・ 従来哲学の一部分であった科学が、近世の始め文芸復興期以来に長足の進歩をなした所以もまた科学の対象が能知者から解放された事に起因すると云ってもよい。科学が価値道徳の問題から離れて自由な天地を得たために始めて手足を延ばしたのである。しかし・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・若い婦人画学生としてケーテは実に熱心で、生きているモデルを描くことに長足の進歩を示した。シャウフェルは、リアリストとしてケーテの生涯のために重要な基礎を与えた教師の一人であったと考えられる。 生きたモデルについて熱心な研究を続ける一方、・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・やはり身辺的な作品、境地的な作品が多く、その意味で文学の本質が心情的に分っている作家が、この三四年間の波瀾をとおして、現実把握の方法を長足に社会的方向へ発展させたとも思われない状態であった。 文学へ新人の爽やかな跫音を、と求める気分は濃・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ワンダの作品をよむと、この大戦を経つつ、雪深き一つの国では、人々が社会に生きる感覚において、どんな長足の進歩をとげたかということが窺われる。辛苦と血とが、生きているものの実質として、のこりなく摂取されているらしいことを感じるのである。 ・・・ 宮本百合子 「よもの眺め」
・・・い男性、小さい婦人たちとして、性が開花に向いつつ、それが蕾であるゆえの、まだどこか中性の清洌さを湛えていて、おとなのように生物的な負担の重さによたよたしない精神が、萌え出たばかりの新鮮な自我を核心に、長足に子供からおとなへ、家庭から社会へと・・・ 宮本百合子 「若い人たちの意志」
出典:青空文庫