・・・ 袋地所で、表は狭く却って裏で間口の広い家であったから、勝ち気な母も不気味がったのは無理のない事だ。又実際、あの頃は近所によく泥棒が入った。私の知って居る丈でも二つ位の話がある。けれども、其等の事件のあったのは、白の居る頃だったろうか、・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・人間関係、社会の現実を経済政治の関係の中で横に眺め得ず、狭い身辺の間口から心理の奥行深く眺め渡しているのである。 森鴎外は傑出した智能を持った人であり、科学と文学との美を当時の水準では最高に身に具えた人であった。軍隊の衛生、クラウゼヴィ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・ 広い間口から眺めると、羊歯科の緑葉と巧にとり合せた色さまざまの優しい花が、心を誘うように美しく見えた。花店につきものの、独特のすずしさ、繊細な蔭、よい匂のそよぎが辺満ちている。私は牽つけられるように内に入った。そして一巡して出て来て見・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・ そしてかなりの間口を開かなかった。「どうしたんです? 気分が悪いんですか。 篤は千世子の顔をのぞき込みながらきいた。 小さい子供のする様に千世子は首を横に振った。 しばらくしてから静かに落ついた声で云った。・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・「間口がひろくて、浅いところは我ながら成程適評だと思うね」「――でも、お父様は小皿じゃないわ。かなりなお皿よ、深い大きい壺もその上にのせることの出来る皿だわ」 そんな話もした。それから別の夜であったが何かの拍子で、母が父と結婚の・・・ 宮本百合子 「わが父」
出典:青空文庫