・・・と云って何か男の方に、やむを得ない事情が起ったとしても、それも知らさずに別れるには、彼等二人の間柄は、余りに深い馴染みだった。では男の身の上に、不慮の大変でも襲って来たのか、――お蓮はこう想像するのが、恐しくもあれば望ましくもあった。………・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ この篇の作者は、別懇の間柄だから、かけかまいのない処を言おう。食い続きは、細々ながらどうにかしている。しかるべき学校は出たのだそうだが、ある会社の低い処を勤めていて、俳句は好きばかり、むしろ遊戯だ。処で、はじめは、凡俳、と名のったが、・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・そういう間柄でありつつも、飽くまで臆病に飽くまで気の小さな両人は、嘗て一度も有意味に手などを採ったことはなかった。しかるに今日は偶然の事から屡手を採り合うに至った。這辺の一種云うべからざる愉快な感情は経験ある人にして初めて語ることが出来る。・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・おつねさんだって初めからお互いに知り合ってる間柄だし、おつねさんが厭なわけはあるまい。その年をしてただわけもなく厭になったなどというのは、それは全く我儘というものだ。少しは考えてもみろ」 省作はだまってうつむいている。省作は全く何がなし・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 賀古翁は鴎外とは竹馬の友で、葬儀の時に委員長となった特別の間柄だから格別だが、なるほど十二時を打ってからノソノソやって来られたのに数回邂逅った。 こんな塩梅で、その頃鴎外の処へ出掛けたのは大抵九時から十時、帰るのは早くて一時、随分・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・そうしますと、これまで毎日、仲むつまじく、暮らしていた二人は、敵、味方の間柄になったのです。それがいかにも、不思議なことに思われました。「さあ、おまえさんと私は今日から敵どうしになったのだ。私はこんなに老いぼれていても少佐だから、私の首・・・ 小川未明 「野ばら」
・・・ もとは叔母姪の間柄であったから、さすがに礼子は世の継母のように寿子に辛く当ろうとはしなかった。むしろ、良い母親といってもよかった。 しかし、夫の庄之助が今日この頃のように明けても暮れても寿子にかまけていて、礼子自身腹を痛めた弟や妹・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・きっぱり断らなかったのは近所の間柄気まずくならぬように思ったためだが、一つには芸者時代の駈引きの名残りだった。まだまだ若いのだとそんな話のたびに、改めて自分を見直した。が、心はめったに動きはしなかった。湯崎にいる柳吉の夢を毎晩見た。ある日、・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 親子の間柄だって、ずいぶん空涙も流さねばならぬようなこともあればあるものだ。お前はその涙でもって、俺や惣治を動かして、それで半年でも一年でものんべりと遊んでいるつもりではないんだろうな。そんならばまあいい。お前もまさか、お釈迦様が檀特山へ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 互いに恋し合った間柄だけに、よそ目にも羨ましいほどの新婚ぶりであった。何という優しいTであろう、――彼は新夫人の前では、いっさい女に関する話をすることすら避けていた。私はある晩おおいに彼に叱られたことがある。それは、私がずっと以前に書・・・ 葛西善蔵 「遊動円木」
出典:青空文庫