・・・ 暁方の三時からゆるい陣痛が起り出して不安が家中に拡がったのは今から思うと七年前の事だ。それは吹雪も吹雪、北海道ですら、滅多にはないひどい吹雪の日だった。市街を離れた川沿いの一つ家はけし飛ぶ程揺れ動いて、窓硝子に吹きつけられた粉雪は、さ・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・それに、陣痛の苦しみを味わった原稿だと思えば、片輪に出来たとはいえ、やはりわが子のように可愛く、自分で持って行って、書留の証書を貰って来なければ、安心出来ないという気持もあった……。電車はなかなか来なかった。 新吉はベンチに腰掛けながら・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・日本は今その内外の地位に一大飛躍を要求されているときであり、国の建てなおしをする劃期的時代を産む陣痛状態にあるのである。このときに際して、日本の婦人はその事業を男子のみに任せておくことなく、「時代を産む母」としての任務を自覚して立ち上らねば・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・「次は、陣痛室ですが……」 戸のハンドルをそーっとあけた。広い、白い壁の室だ。足と足とをつき合わせる位置に、ひろく間隔をおいて、幾つも寝台が並んでる。どれも真新しいシーツにおおわれ、いざと云えば直ぐ役に立つように出来ている。入ったと・・・ 宮本百合子 「モスクワ日記から」
出典:青空文庫