・・・しかれどもその芭蕉を尊崇するに至りては衆口一斉に出づるがごとく、檀林等流派を異にする者もなお芭蕉を排斥せず、かえって芭蕉の句を取りて自家俳句集中に加うるを見る。ここにおいてか芭蕉は無比無類の俳人として認められ、また一人のこれに匹敵する者ある・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・民主的な人民は、事情によっては彼らの票を集中するウォーレスの党をもっているのであるから。 わたしたちは、こういう事実からなにを学ぶだろう。まずさしあたり、日本の首相吉田が、再開の国会において、一般施政方針の演説もしないで、日本のタフト・・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・社会歴史の展望的な面へ科学的でない批判を集中して、資本主義の立場にたつ政治家がこんにち猛烈に反省をしなければ、日本の青年は政治的無関心に陥いるしかないといっている点など、こんにちの日本のブルジョア思想家の害悪をみないわけにはゆきません。こん・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ブルジョア作家たちは、その本質から、作家としての完成を個人的自己完成としてしか理解し得ないため、その努力を取材から取材への一見めあたらしげな転々たる移行およびその扱いかた、書きかたの練達へと集中する。彼らはいかに数多く一つから一つへと書きま・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・ 宇平のこの詞を、叔父は非常な注意の集中を以て聞いていた。「そうか。そう思うのか。よく聴けよ。それは武運が拙くて、神にも仏にも見放されたら、お前の云う通だろう。人間はそうしたものではない。腰が起てば歩いて捜す。病気になれば寝ていて待つ。・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・この人は恐るべき意志の集中力を有している。為事に掛かった刹那に、もう数時間前から為事をし続けているような態度になることが出来るのである。 ロダンは晴やかな顔つきをして、このあまたの半成の作品を見渡した。広々とした額。中ほどに節のあるよう・・・ 森鴎外 「花子」
・・・ライン同盟国から十四万七千人、伊太利から八万人を、波蘭とプロシャとオーストリアから十一万人、これに仏領各地から出さしめた軍隊を合せて七十万人に、加うるに予備隊を合して総数百十万余人の軍勢をドレスデンへ集中させた。そうして、ナポレオンは彼の娘・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・私は仕事に力を集中する時愛する者たちを顧みない事があります。私を愛してくれる者はもちろんそれを承知してその集中を妨げないように、もしくはそれを強めるように、力を添えてくれます。しかし自分を犠牲にしてまでそれに尽くしてくれる者はただ一人きりで・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・……集中と純一とが最も具体的な形に現われている。……力の充実……隙間のない活動。――一人の少年が両手を高くあげて波のなかに躍り込んで行く。首だけ出して、波にさらわれた板切れに追いすがる。やがて板切れを抱いて水を跳ね飛ばしながら駛け上がって来・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・あらゆる排斥運動や呪詛が女御の上に集中してくる。ついに深山に連れて行かれ、首を切られることになる。その直前にこの后は、山中において王子を産んだ。そうして、首を切られた後にも、その胴体と四肢とは少しも傷つくことなく、双の乳房をもって太子を哺ん・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫