・・・道は之の字巴の字に曲りたる電信の柱ばかりはついついと真直に上り行けばあの柱までと心ばかりは急げども足疲れ路傍の石に尻を掛け越し方を見下せば富士は大空にぶら下るが如くきのう過ぎにし山も村も皆竹杖のさきにかすかなり。 沓の代はたられて百・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・「それがら、ラ、ラ、電信ばしらも倒さな。」「それから? それから? それから?」「それがら屋根もとばさな。」「アアハハハ、屋根は家のうちだい。どうだいまだあるかい。それから、それから?」「それだがら、ララ、それだからラン・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ 甘いざくろも吹き飛ばせ 酸っぱいざくろも吹き飛ばせ ホラね、ざくろの実がばたばた落ちた。大工はあわてたような変なかたちをしてるんだ。僕はもう笑って笑って走った。 電信ばしらの針金を一本切ったぜ、それからその晩、夜どおし馳け・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・何とも云えずさびしい気がしてぼんやりそっちを見ていましたら向うの河岸に二本の電信ばしらが丁度両方から腕を組んだように赤い腕木をつらねて立っていました。「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ。」ジョバンニが斯う云いながらふりかえって見まし・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・「向うの電信柱の下で立ったまま居睡りをしているあの人です。」「そうか。よろしい。向うの電信ばしらの下のやつを縛れ。」巡査や検事がすぐ飛んで行こうとしました。その時ネネムは、ふともっと向うを見ますと、大抵五間隔きぐらいに、あくびをした・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ 中央電信局の建築場では、労働者と荷橇馬が出切った木戸を、つけ剣の銃を手にもった若い番兵がしめて居る。彼の頭の上につられて居る強力な電燈が凍った雪の上に、垂直に彼の影を、きたない、大きな皮外套の裾の下に落した。 ○夜八時・・・ 宮本百合子 「一九二七年八月より」
・・・まだ短い麦畑の霜どけにぬかるみながら、腹がけをした電信工夫が新しい電柱を立てようとしている作業が目を掠める。 窓外の景色がすこし活々して来るにつれ、赤いジャケツの娘の子は退屈がまして来るらしく益々父親の膝に体ごとまつわりついて、赤いほッ・・・ 宮本百合子 「東京へ近づく一時間」
・・・ 中央電信局の建築が、ほとんどできあがった。材料置場の小舎を雪がおおっている。トタンの番小屋のきのこ屋根も白くこおっている。 ――ダワイ! ダワイ! ダワイ! 馬橇が六台つながって、横道へはいってきた。セメント袋をつんでいる。工・・・ 宮本百合子 「モスクワ印象記」
・・・「鞍山站まで酒を運んだちゃん車の主を縛り上げて、道で拾った針金を懐に捩じ込んで、軍用電信を切った嫌疑者にして、正直な憲兵を騙して引き渡してしまうなんと云う為組は、外のものには出来ないよ。」こう云ったのは濃紺のジャケツの下にはでなチョッキを着・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・しかし我々の前の十年は、汽車、汽船、電信、電話、特に自動車の発達によって、我々の生活をほとんど一変した。飛行機、潜航艇等が戦術の上に著しい変化をもたらしたのもわずかこの十年以来のことである。その他百千の新発明、新機運。それが未曾有の素早さで・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫