・・・「散々気を揉んでお前、ようようこっちのものだと思うと、何を言ってもただもうわなわな震えるばっかりで。弱らせ抜いたぜ。そっちから尋ねるようになれば占めたものだ。ここは佃町よ、八幡様の前を素直に蓬莱橋を渡って、広ッ場を越した処だ、可いか、私・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・幽に震えるような身を緊めた爪先の塗駒下駄。 まさに嫁がんとする娘の、嬉しさと、恥らいと、心遣いと、恐怖と、涙と、笑とは、ただその深く差俯向いて、眉も目も、房々した前髪に隠れながら、ほとんど、顔のように見えた真向いの島田の鬢に包まれて、簪・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・湖の小波が誘うように、雪なす足の指の、ぶるぶると震えるのが見えて、肩も袖も、その尾花に靡く。……手につまさぐるのは、真紅の茨の実で、その連る紅玉が、手首に珊瑚の珠数に見えた。「ほん、ほん。こなたは、これ。(や、爺と、姉さんと二人して、潟・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・…… 夜は更けたが、寒さに震えるのではない、骨まで、ぐなぐなに酔っているので、ともすると倒りそうになるのを、路傍の電信柱の根に縋って、片手喫しに立続ける。「旦那、大分いけますねえ。」 膝掛を引抱いて、せめてそれにでも暖りたそうな・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・その声さえ震えるに、人々気の毒がりて笑うことを止めつ。「げに親子の情二人が間に発らば源叔父が行末楽しかるべし。紀州とても人の子なり、源叔父の帰り遅しと門に待つようなりなば涙流すものは源叔父のみかは」夫なる老人の取繕いげにいうも真意なきに・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・彼女は孤独で震えるように成ったばかりでなく、もう長いこと自分の身体に異状のあることをも感じていた。彼女は娘のお新と共に――四十の歳まで結婚させることも出来ずに処女で通させて来たような唯一人の不幸なお新と共に最後の「隠れ家」を求めようとするよ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ちいさくなって蹲踞んで居るのは躑躅だが、でもがつがつ震えるような様子はすこしも見えない。あの椿の樹を御覧と「冬」が私に言った。日を受けて光る冬の緑葉には言うに言われぬかがやきがあって、密集した葉と葉の間からは大きな蕾が顔を出して居た。何かの・・・ 島崎藤村 「三人の訪問者」
・・・以前家に置いてあった書生が彼女の部屋へ出入したからと言って、咎めようも無かったが……疑えば疑えなくもないようなことは数々あった……彼は鋭い刃物の先で、妻の白い胸を切開いて見たいと思った程、烈しい嫉妬で震えるように成って行った。 そこまで・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・お初は体格も大きく、力もある女であったから、袖子の震えるからだへうしろから手をかけて、半分抱きかかえるように茶の間の方へ連れて行った。その部屋の片隅に袖子を寝かした。「そんなに心配しないでもいいんですよ。私が好いようにしてあげるから――・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・又、彼女の唇は、心の中に湧いて来る種々な思いに応じて、物は云わないでも、風が吹けば震える木の葉のように震えました。 私共が言葉で自分達の考えを表す時、仲だちとなるものは容易に見つかりません。大抵の場合不確な考えの翻訳と云う順序を踏まなけ・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
出典:青空文庫