・・・額の捲き毛、かすかな頬紅、それから地味な青磁色の半襟。―― 陳は麦酒を飲み干すと、徐に大きな体を起して、帳場机の前へ歩み寄った。「陳さん。いつ私に指環を買って下すって?」 女はこう云う間にも、依然として鉛筆を動かしている。「・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・が、その中に青磁色のガウンをひっかけた女が一人、誰よりも興奮してしゃべっていた。彼女は体こそ痩せていたものの、誰よりも美しい顔をしていた。僕は彼女の顔を見た時、砧手のギヤマンを思い出した。実際また彼女は美しいと云っても、どこか病的だったのに・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・そうしてその机の上へ、恭しそうに青磁の香炉や金襴の袋を並べ立てた。「その御親戚は御幾つですな?」 お蓮は男の年を答えた。「ははあ、まだ御若いな、御若い内はとかく間違いが起りたがる。手前のような老爺になっては、――」 玄象道人・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・盧生は青磁の枕から頭をあげると、眼をこすりながら大きな欠伸をした。邯鄲の秋の午後は、落葉した木々の梢を照らす日の光があってもうすら寒い。「眼がさめましたね。」呂翁は、髭を噛みながら、笑を噛み殺すような顔をして云った。「ええ」「夢・・・ 芥川竜之介 「黄粱夢」
・・・ かえりに区役所前の古道具屋で、青磁の香炉を一つ見つけて、いくらだと云ったら、色眼鏡をかけた亭主が開闢以来のふくれっ面をして、こちらは十円と云った。誰がそんなふくれっ面の香炉を買うものか。 それから広小路で、煙草と桃とを買ってうちへ・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・小さな青磁の香炉が煙も立てずにひっそりと、紫檀の台にのっているのも冬めかしい。 その前へ毛氈を二枚敷いて、床をかけるかわりにした。鮮やかな緋の色が、三味線の皮にも、ひく人の手にも、七宝に花菱の紋が抉ってある、華奢な桐の見台にも、あたたか・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・―― で、華奢造りの黄金煙管で、余り馴れない、ちと覚束ない手つきして、青磁色の手つきの瀬戸火鉢を探りながら、「……帽子を……被っていたとすれば、男の児だろうが、青い鉢巻だっけ。……麦藁に巻いた切だったろうか、それともリボンかしら。色・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・縞がらは分らないが、くすんだ装で、青磁色の中折帽を前のめりにした小造な、痩せた、形の粘々とした男であった。これが、その晴やかな大笑の笑声に驚いたように立留って、廂睨みに、女を見ている。 何を笑う、教授はまた……これはこの陽気に外套を着た・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・白馬驕不行の碾茶の茶碗は流石にてれくさい故をもってか、とうのむかしに廃止されて、いまは普通のお客と同じに店の青磁の茶碗。番茶を一口すすって、「僕のこの不精髭を見て、幾日くらいたてばそんなに伸びるの? と聞くから、二日くらいでこんなになってし・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
「黒色のほがらかさ」ともいうものの象徴が黒楽の陶器だとすると、「緑色の憂愁」のシンボルはさしむき青磁であろう。前者の豪健闊達に対して後者にはどこか女性的なセンチメンタリズムのにおいがある。それでたぶん、年じゅう胃が悪くて時々・・・ 寺田寅彦 「青磁のモンタージュ」
出典:青空文庫