・・・ 烏の大尉とただ二人、ばたばた羽をならし、たびたび顔を見合せながら、青黒い夜の空を、どこまでもどこまでものぼって行きました。もうマジエル様と呼ぶ烏の北斗七星が、大きく近くなって、その一つの星のなかに生えている青じろい苹果の木さえ、ありあ・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・ギザギザの青黒い葉の間から、まばゆいくらい黄いろなトマトがのぞいているのは立派だった。だからネリが云った。『にいさま、あのトマトどうしてあんなに光るんでしょうね。』 ペムペルは唇に指をあててしばらく考えてから答えていた。『黄金だ・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
種山ヶ原というのは北上山地のまん中の高原で、青黒いつるつるの蛇紋岩や、硬い橄欖岩からできています。 高原のへりから、四方に出たいくつかの谷の底には、ほんの五、六軒ずつの部落があります。 春になると、北上の河谷のあちこちから、沢山・・・ 宮沢賢治 「種山ヶ原」
・・・まわりもみんな青黒いなまこや海坊主のような山だ。山のなかごろに大きな洞穴ががらんとあいている。そこから淵沢川がいきなり三百尺ぐらいの滝になってひのきやいたやのしげみの中をごうと落ちて来る。 中山街道はこのごろは誰も歩かないから蕗やいたど・・・ 宮沢賢治 「なめとこ山の熊」
・・・ いかにも貧乏しそうな、不活溌な、生気のない、青黒い顔をして居て、地蔵眉の下にトロンとした細い眼は性質の愚鈍なのをよく表わして居る。 こんな農民だとか、土方などと云う労働者によく見る様な、あの細い髪がチリチリと巻かって、頭の地を包み・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 虎吉は人の悪そうな青黒い顔を挙げて、ぎょろりとした目で主人を見て、こう云った。「旦那。こいつは肉が軟ですぜ。」「食うのではない。」「へえ。飼って置くのですか。」「うむ。」「そんなら、大屋さんの物置に伏籠の明いている・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・時には彼は工廠の門から疲労の風のように雪崩れて来る青黒い職工達の群れに包まれて押し流された。彼らは長蛇を造って連らなって来るにも拘らず、葬列のように俯向いて静々と低い街の中を流れていった。 時々彼は空腹な彼らの一団に包まれたままこっそり・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫