・・・これに反しデューラーのマリアは貧しい頭巾をかぶっているが乳房は健かにふくれ、その手はひびが切れてあれているがしっかりと子どもを抱くに足り、おしめの洗濯にもたえそうだ。子どもを育て得ぬファン・エックの聖母は如何に高貴で、美しくても「母」たるの・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 大隊長とその附近にいた将校達は、丘の上に立ちながら、カーキ色の軍服を着け、同じ色の軍帽をかむった兵士の一団と、垢に黒くなった百姓服を着け、縁のない頭巾をかむった男や、薄いキャラコの平常着を纏った女や、短衣をつけた子供、無帽の老人の・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・受持の時間が済めば、先生は頭巾のような隠士風の帽子を冠って、最早若樹と言えないほど鬱陶しく枝の込んだ庭の桜の下を自分の屋敷かさもなければ中棚の別荘の方へ帰って行った。 子安も黙って了った。子安は町の医者の娘と結婚して、士族屋敷の方に持っ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 人形に着せる着物だ襦袢だと言って大騒ぎした頃の袖子は、いくつそのために小さな着物を造り、いくつ小さな頭巾なぞを造って、それを幼い日の楽しみとしてきたか知れない。町の玩具屋から安物を買って来てすぐに首のとれたもの、顔が汚れ鼻が欠けするう・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・宗匠頭巾をかぶって、『どうも此頃の青年はテニヲハの使用が滅茶で恐れ入りやす。』などは、げろが出そうだ。どうやら『先生』と言われるようになったのが、そんなに嬉しいのかね。八卦見だって、先生と言われています。どうやら、世の中から名士の扱いを受け・・・ 太宰治 「或る忠告」
・・・お高祖頭巾をかぶっている。私は立ちどまって待った。 そうして私は、或る小さい料亭に案内せられた。女は、そこの抱え芸者とでもいうようなものであったらしい。奥の部屋に通されて、私は炬燵にあたった。 女はお酒や料理を自分で部屋に運んで来て・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・これが単にちょっと一風変わった構図であるというだけならそれまでであるが、この構図があの場合におけるあの頭巾とあのシャツを着たあの三人のシチュエーションなりムードなりまたテンペラメントなりに実によく適合している。こういう技巧はロシア映画ではあ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・女は白頭巾に白の上っ被りという姿である。遺骨の箱は小さな輿にのせて二人でさげて行くのである。近頃の東京の葬礼自動車ほど悪趣味なものも少ないと思う。そうして、葬儀場は時として高官の人が盛装の胸を反らす晴れの舞台となり、あるいは淑女の虚栄の暗闘・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・と鳶の頭清五郎がさしこの頭巾、半纒、手甲がけの火事装束で、町内を廻る第一番の雪見舞いにとやって来た。「へえッ、飛んでもねえ。狐がお屋敷のをとったんでげすって。御維新此方ア、物騒でげすよ。お稲荷様も御扶持放れで、油揚の臭一つかげねえもんだ・・・ 永井荷風 「狐」
・・・そうして髯も顔も頭も頭巾もまるで見えなくなってしまった。 自分は爺さんが向岸へ上がった時に、蛇を見せるだろうと思って、蘆の鳴る所に立って、たった一人いつまでも待っていた。けれども爺さんは、とうとう上がって来なかった。第五夜・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
出典:青空文庫