・・・見よ、かの鈍重、牛の如き風貌を。 変れば変るものである。五十米レエスならば、まず今世紀、かれの記録を破るものはあるまい、とファン囁き、選手自身もひそかにそれを許していた、かの俊敏はやぶさの如き太宰治とやらいう若い作家の、これが再生の姿で・・・ 太宰治 「答案落第」
・・・くちばし突出、身の丈ひょろひょろと六尺にちかき、かたち老いたる童子、実は、れいの高い高いの立葵の精は、この満場の拍手、叫喚の怒濤を、目に見、耳に聞き、この奇現象、すべて彼が道化役者そのままの、おかしの風貌ゆえとも気づかず、ぶくぶくの鼻うごめ・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・スマラグド色の眼と石竹色の唇をもつこの雄猫の風貌にはどこかエキゾチックな趣がある。 死んだ白猫の母は宅の飼猫で白に雉毛の斑点を多分にもっていたが、ことによると前の白猫と今度の「白」とは父親がおなじであるか、ことによると「白」が「ボーヤ」・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・の怪奇な姿をこわごわ観察している偏屈な老学究の滑稽なる風貌が、さくら音頭の銀座から遠望した本職のジャーナリストの目にいかに映じるかは賢明なる読者の想像に任せるほかはないのである。 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・の教室に現われた教授ウンラートはと見ると、遠方から見たいったいの風貌がエミール・ヤニングスの扮した映画のウンラートにずいぶんよく似ているので、よくもまねたものだと多少感心した。しかし、同時に登場したドイツ学生の動作が自分の目にはどうしてこう・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・英語の先生のHというのが風貌魁偉で生徒からこわがられていたが、それが船暈でひどく弱って手ぬぐいで鉢巻してうんうんうなっていた。それでも講義の時の口調で「これではブラックホールの苦しみに優るとも劣ることはない」といって生徒を笑わせた。当時マコ・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・ この、きちんとして、小ぢんまりしているという言葉が自分の頭にある四方太氏の風貌ときわめて自然に結びついて、それが自分の想像のスケッチブックのあるページへ「坂本四方太寓居の図」をまざまざと描き上げさせる原動力になったものらしい。その想像・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・日本の学者たちの、この人にはおそらくはなはだ珍しかったであろうと思われる風貌を彼一流のシネマの目で観察していたことであろう。 その翌日また別の席でこれらの人たちと晩餐を共にしてシュミット、ウィーゼ両氏の簡単な講演を聞く機会を得た。 ・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
・・・ 三人の兄弟のだれと思い比べてみても、どこか世間をはなれたような飄逸なところのある点でいちばん父の春田居士の風貌を伝えていたのではないかと私には思われる。 幻燈というものがまだ珍しいものであったころ、亮がガラス板にかいた絵を、そのま・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・これに応じて山川草木の風貌はわずかに数キロメートルの距離の間に極端な変化を示す。また気象図を広げて見る。地形の複雑さに支配される気温降水分布の複雑さは峠一つを隔ててそこに呉越の差を生じるのである。この環境の変化に応ずる風俗人情の差異の多様性・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
出典:青空文庫