・・・遣放しに手入れをしないから、根まわり雑草の生えた飛石の上を、ちょこちょことよりは、ふよふよと雀が一羽、羽を拡げながら歩行いていた。家内がつかつかと跣足で下りた。いけずな女で、確に小雀を認めたらしい。チチチチ、チュ、チュッ、すぐに掌の中に入っ・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ここに別に滝の四阿と称うるのがあって、八ツ橋を掛け、飛石を置いて、枝折戸を鎖さぬのである。 で、滝のある位置は、柳の茶屋からだと、もとの道へ小戻りする事になる。紫玉はあの、吹矢の径から公園へ入らないで、引返したので、……涼傘を投遣りに翳・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ここに一樹、思うままの松の枝ぶりが、飛石に影を沈めて、颯と渡る風に静寂な水の響を流す。庭の正面がすぐに切立の崖で、ありのままの雑木林に萩つつじの株、もみじを交ぜて、片隅なる山笹の中を、細く蜿り蜿り自然の大巌を削った径が通じて、高く梢を上った・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ カタリ、と引くと、直ぐに囲いの庭で、敷松葉を払ったあとらしい、蕗の葉が芽んだように、飛石が五六枚。 柳の枝折戸、四ツ目垣。 トその垣根へ乗越して、今フト差覗いた女の鼻筋の通った横顔を斜違いに、月影に映す梅の楚のごとく、大なる船・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・庭の飛石は一箇も見えてるのが無いくらいの水だ。いま五、六寸で床に達する高さである。 もう畳を上げた方がよいでしょう、と妻や大きい子供らは騒ぐ。牛舎へも水が入りましたと若い衆も訴えて来た。 最も臆病に、最も内心に恐れておった自分も、側・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ ばかに自分の事ばかり書きすぎたようにも思うが、しかし、作家が他の作家の作品の解説をするに当り、殊にその作家同士が、ほとんど親戚同士みたいな近い交際をしている場合、甚だ微妙な、それこそ飛石伝いにひょいひょい飛んで、庭のやわらかな苔を踏ま・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・も、こっちは年上なのだから、無意識の裡にも、彼等のプライドを、もしや蹂躙するという事になってやしないだろうか、とその頃の実感で言えば、まるで、柔い苔の一ぱい生えている庭を、その庭の苔を踏むまいとして、飛び石伝いに、ひょいひょいとずいぶん気を・・・ 太宰治 「薄明」
・・・予村山某と庭の飛石の間に倒れ、左手を傷く。 これに拠って見ると、かの「懇親会」なる小説は、ほとんど事実そのままと断じても大過ないかと思われる。私は、おのれの意気地の無い日常をかえりみて、つくづく恥ずかしく淋しく思った。かなわぬまでも、や・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・子供の頃、寒月の冴えた夜などに友達の家から帰って来る途中で川沿いの道の真中をすかして見ると土の表面にちょうど飛石を並べたようにかすかに白っぽい色をした斑点が規則正しく一列に並んでいる。それは昔この道路の水準がずっと低かった頃に砂利をつめた土・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・しかし、少し見ているうちに、まず一番に目についたのは、画面の中央の下方にある一枚の長方形の飛び石であった。 この石は、もとどこかの石橋に使ってあったものを父が掘り出して来て、そうして、この位置にすえたものである。それは自分が物ごころつい・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
出典:青空文庫