・・・徳ちゃんは確か総武鉄道の社長か何かの次男に生まれた、負けぬ気の強い餓鬼大将だった。 しかし小学校へはいるが早いか僕はたちまち世間に多い「いじめっ子」というものにめぐり合った。「いじめっ子」は杉浦誉四郎である。これは僕の隣席にいたから何か・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・それは僕の少年時代に或餓鬼大将にいじめられ、しかも泣かずに我慢して家へ帰った時の心もちだった。 何度も同じ小みちに出入した後、僕は古樒を焚いていた墓地掃除の女に途を教わり、大きい先生のお墓の前へやっとK君をつれて行った。 お墓はこの・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
・・・健坊は安子の家とは道一つへだてた向側の雑貨屋の伜で、体が大きく腕力が強く、近所の餓鬼大将であった。 ところが四年生になって間もなくのある日、安子は仕立屋の伜の春ちゃんの所へ鉛筆と雑記帳を持って行き、「これ上げるから、あたいの好い人になっ・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・この道場というは四間と五間の板間で、その以前豊吉も小学校から帰り路、この家の少年を餓鬼大将として荒れ回ったところである。さらに維新前はお面お籠手の真の道場であった。 人々は非常に奔走して、二十人の生徒に用いられるだけの机と腰掛けとを集め・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・ そのころ僕は学校の餓鬼大将だけにすこぶる生意気で、少年のくせに大沢先生のいばるのが癪にさわってならない。いつか一度はあの頑固爺をへこましてくりょうと猪古才なことを考えていた。そこで、『先生今読んでおられたのは何の本でございます』と・・・ 国木田独歩 「初恋」
・・・でも餓鬼大将の悪戯小僧は、必ず僕を見付け出して、皆と一緒に苛めるのだった。僕は早くから犯罪人の心理を知っていた。人目を忍び、露見を恐れ、絶えずびくびくとして逃げ回っている犯罪者の心理は、早く既に、子供の時の僕が経験して居た。その上僕は神経質・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・ 男の子や、女の子や……縁側の柱に膝を抱えて倚かかり、芽を青々と愛らしく萌え出した紫陽花の陰に、無数に並んで居る、真黒な足と下駄とを眺め乍ら、泰子は、殆ど驚歎して、彼等のお喋りや、誇示や、餓鬼大将の不快至極な、まるで大人の無頼漢が強請る・・・ 宮本百合子 「われらの家」
・・・簡単に言えば、この男には餓鬼大将と云う表情がある。額際から顱頂へ掛けて、少し長めに刈った髪を真っ直に背後へ向けて掻き上げたのが、日本画にかく野猪の毛のように逆立っている。細い目のちょいと下がった目尻に、嘲笑的な微笑を湛えて、幅広く広げた口を・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫