・・・僕はその芦の中に流れ灌頂や馬の骨を見、気味悪がったことを覚えている。それから小学校の先輩に「これはアシかヨシか?」と聞かれて当惑したことも覚えている。 二五 寿座 本所の寿座ができたのもやはりそのころのことだった。僕・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・ 貴様の口のはたも、どこの馬の骨か分りもしない奴の毒を受けた結果だぞ」 言っておかなかったが、かの女の口のはたの爛れが直ったり、出来たりするのは、僕の初めから気にしていたところであった。それに、時々、その活き活きした目がかすむのを井筒屋・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・「へい、お客様で……こないだ馬の骨を持って来たあの人が……」「何、馬の骨だって?」と新造。「いいえ、きっとあの金さんのことなんですよ」「ええ、その金さんのことなんで」「金さんだなんて、お前なぞがそんな生意気な口を利くもの・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・骨董を買う以上は贋物を買うまいなんぞというそんなケチな事でどうなるものか、古人も死馬の骨を千金で買うとさえいってあるではないか。仇十州の贋筆は凡そ二十階級ぐらいあるという談だが、して見れば二十度贋筆を買いさえすれば卒業して真筆が手に入るのだ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ ばか野郎、馬の骨!」 棒頭は殺気だった。誰かが向うでなぐられた。ボクン! 直接に肉が打たれる音がした。 この時親分が馬でやってきた。二、三人の棒頭にピストルを渡すと、すぐ逃亡者を追いかけるように言った。「ばかなことをしたもんだ・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
・・・だから、このアルバムを見ただけでは、人は私を、どこの馬の骨だか見当も何もつかぬ筈です。考えてみると、うすら寒いアルバムですね。開巻、第一ペエジ、もう主人公はこのとおり高等学校の生徒だ。実に、唐突な第一ペエジです。 これはH高等学校の講堂・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・にその事を打ち明けてくれたのは、満洲から引揚げの船中に於いてでありましたが、私はその時には肉体的にも精神的にも、疲労こんぱいの極に達していまして、いやもう本当に、満洲では苦労しまして、あまりひもじくて馬の骨をかじってみた事さえありまして、そ・・・ 太宰治 「女神」
・・・死馬の骨を五百金に買いたる喩も思い出されておかしかりき。これ実に数年前のことなり。しかしてこの談一たび世に伝わるや、俳人としての蕪村は多少の名誉をもって迎えられ、余らまた蕪村派と目せらるるに至れり。今は俳名再び画名を圧せんとす。 かくし・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 若し自分でも、フト用足しに起きでも仕て、彼那どこの馬の骨だか分りもしない奴の錆棒なんかで、グーンと張り倒されたなりにでもなって仕舞ったら、どんなだったろう。 さぞ私は美くしく、賢こく、好いお嬢様であった様に云われる事だったろうに。・・・ 宮本百合子 「盗難」
出典:青空文庫