・・・更に「馬上縁」の女主人公梨花を見れば彼女の愛する少年将軍を馬上に俘にするばかりではない。彼の妻にすまぬと言うのを無理に結婚してしまうのである。胡適氏はわたしにこう言った。――「わたしは『四進士』を除きさえすれば、全京劇の価値を否定したい。」・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 騎兵は田口一等卒と一しょに、馬上の将軍を見上げながら、正しい挙手の礼をした。「露探だな。」 将軍の眼には一瞬間、モノメニアの光が輝いた。「斬れ! 斬れ!」 騎兵は言下に刀をかざすと、一打に若い支那人を斬った。支那人の頭は躍・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ かなぐり脱いだ法衣を投げると、素裸の坊主が、馬に、ひたと添い、紺碧なる巌の聳つ崕を、翡翠の階子を乗るように、貴女は馬上にひらりと飛ぶと、天か、地か、渺茫たる広野の中をタタタタと蹄の音響。 蹄を流れて雲が漲る。…… 身を投じた紫・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・小林城三となって後、金千両を水戸様へ献上して葵の時服を拝領してからの或時、この御紋服を着て馬上で町内へ乗込むと偶然町名主に邂逅した。その頃はマダ葵の御紋の御威光が素晴らしい時だったから、町名主は御紋服を見ると周章てて土下座をして恭やしく敬礼・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・残らず橋を渡るや否や、士官は馬上ながら急に後を捻向いて、大声に「駈足イ!」「おおい、待って呉れえ待って呉れえ! お願いだ。助けて呉れえ!」 競立った馬の蹄の音、サーベルの響、がやがやという話声に嗄声は消圧されて――やれやれ聞えぬ・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・この路に入りては人にあうことまれに、おりおり野菜の類を積みし荷車ならずば馬上巻煙草をくわえて並み足に歩ませたる騎兵にあうのみ。今朝もかれはこの路を撰びてたどりぬ。路の半ばに時雨しめやかに降り来たりて間もなく過ぎ去りし後は左右の林の静けさをひ・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・ ウォルコフは、その百姓服に着換え、自分が馬上で纏っていた軍服や、銃を床下の穴倉へかくしてしまった。木蓋の上へは燕麦の這入った袋を持ってきて積み重ね、穴倉があることを分らなくした。 豆をはぜらすような鉄砲の音が次第に近づいて来た。・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・桃内を過ぐる頃、馬上にて、 きていたるものまで脱いで売りはてぬ いで試みむはだか道中 小樽に名高きキトに宿りて、夜涼に乗じ市街を散歩するに、七夕祭とやらにて人々おのおの自己が故郷の風に従い、さまざまの形なし・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・二合余も入りそうな瓢にスカリのかかっているのを傍に置き、袂から白い巾に包んだ赤楽の馬上杯を取出し、一度拭ってから落ちついて独酌した。鼠股引の先生は二ツ折にした手拭を草に布いてその上へ腰を下して、銀の細箍のかかっている杉の吸筒の栓をさし直して・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・平治の乱に破れて一族と共に東国へ落ちる途中、当時十三歳の頼朝は馬上でうとうと居睡りをして、ひとり、はぐれた。平治物語に拠ると、「十二月二十七日の夜更方の事なれば、暗さは暗し、先も見えねども、馬に任せて只一騎、心細く落ち給う。森山の宿に入り給・・・ 太宰治 「花吹雪」
出典:青空文庫