・・・ある夜の戌の上刻頃、数馬は南の馬場の下に、謡の会から帰って来る三右衛門を闇打ちに打ち果そうとし、反って三右衛門に斬り伏せられたのである。 この始末を聞いた治修は三右衛門を目通りへ召すように命じた。命じたのは必ずしも偶然ではない。第一に治・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・ 競馬場の埒の周囲は人垣で埋った。三、四軒の農場の主人たちは決勝点の所に一段高く桟敷をしつらえてそこから見物した。松川場主の側には子供に付添って笠井の娘が坐っていた。その娘は二、三年前から函館に出て松川の家に奉公していたのだ。父に似て細・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・緑雨が一葉の家へしげしげ出入し初めたのはこの時代であって、同じ下宿に燻ぶっていた大野洒竹の関係から馬場孤蝶、戸川秋骨というような『文学界』連と交際を初めたのが一葉の家へ出入する機会となったのであろう。その頃から私とは段々疎遠となって余り往来・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・それから馬場を通り抜け、九段を下りて神保町をブラブラし、時刻は最う八時を過ぎて腹の虫がグウグウ鳴って来たが、なかなかそこらの牛肉屋へ入ろうといわない。とうとう明神下の神田川まで草臥れ足を引摺って来たのが九時過ぎで、二階へ通って例の通りに待た・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・やがて天満から馬場の方へそれて、日本橋の通りを阿倍野まで行き、それから阪和電車の線路伝いに美章園という駅の近くのガード下まで来ると、そこにトタンとむしろで囲ったまるでルンペン小屋のようなものがありました。男はその中へもぐりました。そこがその・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ そう判った途端、赤井は何思ったかミネ子の手をひっぱって、大阪の放送局のある馬場町の方へかけ出して行った。 丁度その頃、白崎もその放送を聴いていた。バラックにはもう、ラジオも電話もついていたのだ。父が声を掛けた。「おい、第二放送・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ 高瀬が馬場裏の家を借りていることは、最早仮の住居とも言えないほど長くなった。彼は自分のものとして自由にその日を送ろうとした。 南の障子へ行って見た。濡縁の外は落葉松の垣だ。風雪の為に、垣も大分破損んだ。毎年聞える寂しい蛙の声が復た・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・戸川秋骨君、馬場孤蝶君は、私が明治学院時代の友達という関係から、自然と文学界の仲間入をされるようになった。こんな風にして、皆親しく往来するようになったのだが、兎に角文学界というものを起そうとしたのは、星野君兄弟と、平田禿木君とで、殊に男三郎・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・に悲しむことを妨げ、かえって懸命に茶化して、しさいらしく珠数を爪繰っては人を笑わせ、愚僧もあの婦人には心が乱れ申したわい、お恥かしいが、まだ枯れて居らん証拠じゃのう、などと言い、私たちを誘って、高田の馬場の喫茶店へ蹌踉と乗り込むのでした。こ・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・知性の極というものは、……の馬場の言葉に、小生……いや、何も言うことは無之候。映画ファンならば、この辺でプロマイドサインを願う可きと存候え共、そして小生も何か太宰治さま、よりの『サイン』に似たもの、欲しとは存じ候え共、いけませんでしょうか。・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫