・・・衆徳備り給う処女マリヤに御受胎を告げに来た天使のことを、厩の中の御降誕のことを、御降誕を告げる星を便りに乳香や没薬を捧げに来た、賢い東方の博士たちのことを、メシアの出現を惧れるために、ヘロデ王の殺した童子たちのことを、ヨハネの洗礼を受けられ・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・ ――やがてだわね、大きな樹の下の、畷から入口の、牛小屋だが、厩だかで、がたんがたん、騒しい音がしました。すっと立って若い人が、その方へ行きましたっけ。もう返った時は、ひっそり。苧殻の燃さし、藁の人形を揃えて、くべて、逆縁ながらと、・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・が、荒れた厩のようになって、落葉に埋もれた、一帯、脇本陣とでも言いそうな旧家が、いつか世が成金とか言った時代の景気につれて、桑も蚕も当たったであろう、このあたりも火の燃えるような勢いに乗じて、贄川はその昔は、煮え川にして、温泉の湧いた処だな・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ その年の暮れ、大雪が降って寒い晩に、からすは一つの厩を見つけて、その戸口にきて、うす暗い内をうかがい、一夜の宿を求めようと入りました。するとそこには白と黒のぶちの肥った牛がねていました。「おまえは、いつかのからすじゃないか。あのと・・・ 小川未明 「馬を殺したからす」
・・・題であるのを、自分はこの一挙に由て是非志村に打勝うという意気込だから一生懸命、学校から宅に帰ると一室に籠って書く、手本を本にして生意気にも実物の写生を試み、幸い自分の宅から一丁ばかり離れた桑園の中に借馬屋があるので、幾度となく其処の厩に通っ・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・て是非志村に打勝うという意気込だから一生懸命、学校から宅に帰ると一室に籠って書く、手本を本にして生意気にも実物の写生を試み、幸い自分の宅から一丁ばかり離れた桑園の中に借馬屋があるので、幾度となく其処の厩に通った。輪廓といい、陰影といい、運筆・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・ 荷物を積んだ橇は、門から厩の脇にひっぱりこまれた。橇の毛布には、田川の血が落ちて、凍りついていた。支那人はボール箱の荷物をおろすと、脂ぎった手で無神経にその毛布をめくり上げた。相変らず、おかしげににやにや独りで笑っていた。「イーイ・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ 老人はウォルコフが乗りすてた栗毛の鞍やあぶみを外して、厩の方へ引いて行った。 ウォルコフは、食堂兼客間になっている室と、寝室とを通りぬけて、奥まった物置きへつれて行かれた。そこは、空気が淀んで床下の穴倉から、湿気と、貯えられた葱や・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ ウイリイはうまや頭からおそわって、ていねいに王さまのお馬の世話をしました。じぶんの馬も大事にしました。そして、しばらくの間なにごともなく、暮していました。 ウイリイは厩のそばに、部屋をもらっていました。夕方仕事がすみますと、ウイリ・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・女車掌が蟋蟀のような声で左右の勝景を紹介し、盗人厩の昔話を暗誦する。一とくさり述べ終ると安心して向うをむいて鼻をほじくっているのが憐れであった。十国峠の無線塔へぞろぞろと階段を上って行く人の群は何となく長閑に見えた。 熱海へ下る九十九折・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
出典:青空文庫