・・・ そこの大きな骨董屋へはいってまず直入を出したが、奥から出てきた若主人らしい男はちょっと展げて見たばかしで巻いてしまった。たいしたえらいものではないからあるいは真物かもしれないという気で、北馬蹄斎の浮世絵も見せたが、やはり同じ運命であっ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
骨董というのは元来支那の田舎言葉で、字はただその音を表わしているのみであるから、骨の字にも董の字にもかかわった義があるのではない。そこで、汨董と書かれることもあり、また古董と書かれることもある。字を仮りて音を伝えたまでであ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・去年の暮におれが仲通の骨董店で見つけて来たのだが、あの猪口は金銭で買ったものじゃあないのだ。」「ではどうなさったのでございます。」「ヤ、こりゃあ詰らないことをうっかり饒舌った。ハハハハハ。」と紛らしかけたが、ふと目を挙げて妻の方・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・だって、あの骨董屋の但馬さんが、父の会社へ画を売りに来て、れいのお喋りを、さんざんした揚句の果に、この画の作者は、いまにきっと、ものになります。どうです、お嬢さんを等と不謹慎な冗談を言い出して、父は、いい加減に聞き流し、とにかく画だけは買っ・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・ 書画骨董で、重要美術級のものは、一つも無かった。 この父は、芝居が好きなようであったが、しかし、小説は何も読まなかった。「死線を越えて」という長編を読み、とんだ時間つぶしをしたと愚痴を言っていたのを、私は幼い時に聞いて覚えている。・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・しかし、他の人たちにはたいてい書画骨董などという財産もあり、それを売り払ってどうにかやっていたらしいが、私にはそんな財産らしいものは何も無かった。これで私が出征でもしたら、家族はひどい事になるだろうと思ったが、どういうわけか、とうとう私には・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・僕が浅草の骨董屋から高い金を出して買って来て、この店にあずけてあるのだ。とくべつに僕用の茶碗としてね。僕は君の顔が好きなんだ。瞳のいろが深い。あこがれている眼だ。僕が死んだなら、君がこの茶碗を使うのだ。僕はあしたあたり死ぬかも知れないからね・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・ 谷中から駒込までぶらぶら歩いて帰る道すがら、八百屋の店先の果物や野菜などの美しい色が今日はいつもよりは特別に眼についた。骨董屋の店先にある陶器の光沢にもつい心を引かれて足をとめた。 とある店の棚の上に支那製らしい壷のようなもの・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
骨董趣味とは主として古美術品の翫賞に関して現われる一種の不純な趣味であって、純粋な芸術的の趣味とは自ずから区別さるべきものである。古画や器物などに「時」の手が加わって一種の「味」が生じる。あるいは時代の匂というようなものが・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・ このように、二千年前の骨董の塵の中にも現代最新の発明の種があるとすれば、同じ塵の中には未来の新発明の品玉がまだまだいくらも蔵されているかもしれない。「アー、そんなものは君、もう二十年も前にドイツの何某が試みて失敗したものだよ」とい・・・ 寺田寅彦 「変った話」
出典:青空文庫