・・・下に寝ねたるその妻、さばかりの吹降りながら折からの蒸暑さに、いぎたなくて、掻巻を乗出でたる白き胸に、暖き息、上よりかかりて、曰く、汝の夫なり。魔道に赴きたれば、今は帰らず。されど、小児等も不便なり、活計の術を教うるなりとて、すなわち餡の製法・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・ と蠢かいて言った処は、青竹二本に渡したにつけても、魔道における七夕の貸小袖という趣である。 従七位の摂理の太夫は、黒痘痕の皺を歪めて、苦笑して、「白痴が。今にはじめぬ事じゃが、まずこれが衣類ともせい……どこの棒杭がこれを着るよ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 皆、手も足も縮んでしまいましたろう、縛りつけられたようになりましたそうでございますが、まだその親が居りました時分、魔道へ入った児でも鼻を嘗めたいほど可愛かったと申しまする。(忰と父親が寄ろうとしますと、変な声を出して、 寄らっ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・悪魔、悪魔には違いないがしかしその時自分を悪魔とも思わないしまたみイちャんを魔道に引き入れるとも思わなかった。この間の消息を知ってる者は神様と我々二人ばかりだ。人間世界にありうちの卑しい考は少しもなかったのだから罪はないような者であるが、そ・・・ 正岡子規 「墓」
・・・肉の執着といい生命虚栄の執着という、すべて人生を乱す魔道である。数億の人類が数億の眼を白うして睨み合う。睨み合う果てに噛み合いを初める。この地獄に似る混沌海の波を縫うて走る一道の光明は「道徳」である。吾人はここにおいて現代の道徳に眼を向ける・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫