・・・ 第一、八百屋、魚屋、そう云う処へ行ったりすることが、ひどく困難に感ぜられる。 なりふりにかまわない自分が、いつ誰が来るか分らないと思って机に向って居るのは、実にいやだ。 そればかりでなく、ぴったりと生活が落付かず、何だか借りも・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・うちの裏門を出て、夜になるとふくろうの鳴く藤堂さんの森のくらい横丁をまわって動坂のとおりへ出ると、ばら新といって、ばらばかり育てているところがある。魚屋だの米や、荒物やだのの並んだせまいそのとおりをすこし行って左へ曲ると、じき養源寺があった・・・ 宮本百合子 「道灌山」
去年の今頃はもう鎌倉に行っていた。鎌倉と云っても、大船と鎌倉駅との間、円覚寺の奥の方であった。不便極るところで、魚屋もろくに来ず、食べ物と云えば豆腐と胡瓜。家の風呂はポンプがこわれて駄目だから、夕方になると、円覚寺前の小料・・・ 宮本百合子 「夏」
・・・ 町からの魚屋も大方は来ない。辛い鮭と干物とが有る時は良い方である。私共は毎日野菜で暮して居る。牛乳の有るのを幸、それで煮たりして少しは味の変ったものもたべて居るものの、魚のなまか、牛の焼いたのがたまらなく欲しい事がある。そう云う時に折・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 二番目の伯母は、私たちのいた同じ村の西方にあって、魚屋をしていた。この伯母一家だけはどの親戚たちからも嫌われていた。大伯母などは一度もここへは寄りつかなかったが私の母だけこことも仲良く交際していた。むかしはここは貧乏で、猫撫で声のこの・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫