・・・て追想してみた時に、そのうちの如何なるものが現在の自分等の中に最も多く生き残って最も強く活きて働いているかと考えてみると、それは教科書や講義のノートの内容そのものよりも、むしろそれを教わった先生方から鼓吹された「科学魂」といったようなもので・・・ 寺田寅彦 「雑感」
・・・ 写生文を鼓吹した子規、「草花の一枝を枕元に置いて、それを正直に写生していると造化の秘密がだんだん分って来るような気がする」と云った子規が自然科学に多少興味を有つという事は当然であったかも知れない。『仰臥漫録』に「顕微鏡にて見たる澱・・・ 寺田寅彦 「子規の追憶」
・・・が生徒に働きかけてその学問に対する興味や熱を鼓吹する力が年とともに加わるという場合もあるかもしれない。これに反して年々に新しく書き改め新事実や新学説を追加しても、教師自身が、漸次に後退しつつある場合も考えられない事はない。この二つの場合のど・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・たとえ取締規則がこれを許しても、また二、三の変り者が実例を示して鼓吹したにしてもあまり流行はしそうもない、してもあの緊張した空気の中で好い声が楽に出ようとは思われない。 電車のゴウゴウと鳴る音のエネルギーの源をだんだんに捜して行くと思い・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
・・・はわれわれのうら若い頭に何かしら神秘な雰囲気のようなものを吹き込んだ、あるいは神秘な存在、不可思議な世界への憧憬に似たものを鼓吹したように思われる。日常茶飯の世界のかなたに、常識では測り知り難い世界がありはしないかと思う事だけでも、その・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・自分は教育家でないが、ただ自分一己の経験から推して考えれば、既に初学の時代にこの種の暗示を与える方が却って理解と興味を助長し研究的批評的の精神を鼓吹するのではないかと思う。実際、物理学教科書にある方則と寄宿舎の規則との区別を自覚している生徒・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・しかし執筆の当時には特に江戸趣味を鼓吹する心はなかった。洋行中仏蘭西のフレデリック・ミストラル、白耳義のジョルヂ・エックー等の著作をよんで郷土芸術の意義ある事を教えられていたので、この筆法に倣ってわたくしはその生れたる過去の東京を再現させよ・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・文芸の目的が徳義心を鼓吹するのを根本義にしていない事は論理上しかるべき見解ではあるが、徳義的の批判を許すべき事件が経となり緯となりて作物中に織り込まれるならば、またその事件が徳義的平面において吾人に善悪邪正の刺戟を与えるならば、どうして両者・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・それはこうだ――何でも露国との間に、かの樺太千島交換事件という奴が起って、だいぶ世間がやかましくなってから後、『内外交際新誌』なんてのでは、盛んに敵愾心を鼓吹する。従って世間の輿論は沸騰するという時代があった。すると、私がずっと子供の時分か・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・こういうような性質を持つ菊池文学が愛されたのは当然のこと、従って菊池の常識性の反面は戦争になればそれに適応した戦争を鼓吹し、戦争宣伝もどしどしやって疑問を持たなかった。戦争が一般人民にどんな犠牲を与え、しかも戦争物で自分がもうけてますます競・・・ 宮本百合子 「“慰みの文学”」
出典:青空文庫