出典:青空文庫
・・・ダンテも、ゲーテも、ミケランジェロも、トルストイもそうであった。ストリンドベルヒのような女性嫌悪を装った人にもなおつつみ切れぬものは、女性へのこの種の徳の要請である。かようなものとして女性を求める心は、おしなべて第一流の人間の常則である。と・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 僕にとって、トルストイが肥料だった。が、トルストイは、あまりに豊富すぎる肥料で、かえってあぶないようだ。あまりに慾張って、肥料を吸収しすぎた麦は、実らないさきに、青いまゝ倒れて、腐ってしまう。そのように、トルストイという肥料から、あま・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・田舎で流行にはずれていると、バルザックや、ドストエフスキーや、トルストイは、米の飯である。なんべん読みなおしてもあきることがない。 先日思いがけなくT君が帰省して、いろいろ東京の様子や、最近の文学の傾向や人々の動静をきくことができた。・・・ 黒島伝治 「田舎から東京を見る」
・・・「君は山田君が訳したトルストイの『コサックス』を読んだことがあるか。コウカサスの方へ入って行く露西亜の青年が写してあるネ。結局、百姓は百姓、自分等は自分等というような主人公の嘆息であの本は終ってるが、吾儕にも矢張ああいう気分のすることが・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ ロシアの作者、ツルゲネフやトルストイにあらわれた虚無思想をもって最もよく人生観上の自然主義に当たるものと見る人もある。虚無思想の中心は、ツルゲネフの作が定義するところによれば、あらゆるものを信ぜず、あらゆる権威に抗争する点に存する。し・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・プウシュキンもとより論を待たず、芭蕉、トルストイ、ジッド、みんなすぐれたジャアナリスト、釣舟の中に在っては、われのみ簑を着して船頭ならびに爾余の者とは自らかたち分明の心得わすれぬ八十歳ちかき青年、××翁の救われぬ臭癖見たか、けれども、あれで・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・ひとつには、「トルストイの聖書。」への反感も手伝って、いよいよ、この内村鑑三の信仰の書にまいってしまった。いまの私には、虫のような沈黙があるだけだ。私は信仰の世界に一歩、足を踏みいれているようだ。これだけの男なんだ。これ以上うつくしくもなけ・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・日本の作家では夏目先生のものは別として国木田独歩、谷崎潤一郎、芥川竜之介、宇野浩二、その他数氏の作品の中の若干のもの、外国のものではトルストイ、ドストエフスキーのあるもの、チェホフの短編、近ごろ見たものでは、アーノルド・ベンネットやオルダス・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・レヴィンのかいたトルストイの顔などはどうしても獅子の顔である。 そうしてみるとわれわれが人の顔を見る時に頭の中へできる像は決してユークリッド幾何学的のものではないと思われる。ただある、割合に少数な項目の、多数な錯列によっていろいろの顔の・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・われわれはあまりにトルストイの思想とゾラの法則を論ずるに忙しかった。それから三年ならずして意外なる運命は自分の身を遠い処へ運び去って、また四年五年の月日は過ぎた。再び帰って来たとき時勢は如何に著しく昨日と今日との間を隔離させていたであろう。・・・ 永井荷風 「霊廟」