出典:青空文庫
・・・すると権助が答えるには、「別にこれと云う訣もございませんが、ただあの大阪の御城を見たら、太閤様のように偉い人でも、いつか一度は死んでしまう。して見れば人間と云うものは、いくら栄耀栄華をしても、果ないものだと思ったのです。」「では仙人・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・猿面冠者の方かね。太閤様だな。……ハハハ。せい公そうだろう?」と茶湯台の向うに坐ってお酌していた茶店の娘に同感を強いるような調子で言った。「そうのようですね。お父さんにはそんなにないようですね」と、娘も何気なく笑って二人の顔をちょっと見・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・諸君は今日のようなグラグラ政府には飽きられただろうと思う、そこでビスマークとカブールとグラッドストンと豊太閤みたような人間をつきまぜて一鋼鉄のような政府を形り、思切った政治をやってみたいという希望があるに相違ない、僕も実にそういう願を以てい・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・彼の祖父の非凡な人であったことを今ここで詳しく話すことはできないが、その一つをいえば真書太閤記三百巻を写すに十年計画を立ててついにみごと写しおわったことがある。僕も桂の家でこれを実見したが今でもその気根のおおいなるに驚いている。正作はたしか・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・しかし観行院様はまた洒落たところのあった方で、其当時私に太閤が幼少の時、仏像を愚弄した話などを仕てお聞かせなさった事もありました。然し後年、左様私が二十一歳の時、旅から帰って見たら、足掛三年ばかりの不在中に一家悉く一時耶蘇教になったものです・・・ 幸田露伴 「少年時代」
秀吉金冠を戴きたりといえども五右衛門四天を着けたりといえども猿か友市生れた時は同じ乳呑児なり太閤たると大盗たると聾が聞かば音は異るまじきも変るは塵の世の虫けらどもが栄枯窮達一度が末代とは阿房陀羅経もまたこれを説けりお噺は山・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・「さすがの太閤も、いつも一本やられているのだ。柚子味噌の話くらいは知っているだろう。」「はあ。」と弟は、いよいよあいまいな返辞をする。「不勉強の先生だからな。」と兄は、私が何も知らないと見きわめをつけてしまったらしく、顔をしかめてそ・・・ 太宰治 「庭」
・・・まことにこの利休居士、豊太閤に仕えてはじめて草畧の茶を開き、この時よりして茶道大いに本朝に行われ、名門豪戸競うて之を玩味し給うとは雖も、その趣旨たるや、みだりに重宝珍器を羅列して豪奢を誇るの顰に傚わず、閑雅の草庵に席を設けて巧みに新古精粗の・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・わたくしは病床で『真書太閤記』を通読し、つづいて『水滸伝』、『西遊記』、『演義三国志』のような浩澣な冊子をよんだことを記憶している。病中でも少年の時よんだものは生涯忘れずにいるものらしい。中年以後、わたくしは、機会があったら昔に読んだものを・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・ところがお伽噺や歴史の本などを見て、昔の英雄などについてやはり同様に簡単な質問をかけられる事がある。太閤様と正成とどっちが偉いとか、ワシントンとナポレオンとどっちが強いとか、常陸山と弁慶と相撲を取ったらどっちが勝つとか、中には返答に困らない・・・ 夏目漱石 「中味と形式」