出典:青空文庫
・・・新らしい波はとにかく、今しがたようやくの思で脱却した旧い波の特質やら真相やらも弁えるひまのないうちにもう棄てなければならなくなってしまった。食膳に向って皿の数を味い尽すどころか元来どんな御馳走が出たかハッキリと眼に映じない前にもう膳を引いて・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・ただこういうあさましいところのあるのも人間本来の真相だと自分でも首肯き他にも合点させるのを特色としている。この二つの文学を詳しく説明すればそれだけで大分時間が経ちますから、まあ誰も知っているぐらいの説明で御免を蒙って、この二つの文学が前の二・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・しかしその面白いと云うのは、やはりある境遇にあるものが、ある境遇に移ると、それ相応な事をやると云う真相を、臆面なく書いた所にあるのでしょう。しかしこの面白味は、前の唖の話と違って、ただ真を発揮したばかりではない。他の理想を打ち壊しています。・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・静かに心を落付ながら、私は今一度目をひらいて、事実の真相を眺め返した。その時もはや、あの不可解な猫の姿は、私の視覚から消えてしまった。町には何の異常もなく、窓はがらんとして口を開けていた。往来には何事もなく、退屈の道路が白っちゃけてた。猫の・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・本社はさらに深く事件の真相を探知の上、大いにはりがねせい、ねずみとり氏に筆誅を加えんと欲す。と。ははは、ふん、これはもう疑いもない。ツェのやつめ、ねずみとりに食われたんだ。おもしろい。そのつぎはと。なんだ、ええと、新任ねずみ会議員テ氏。エヘ・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
・・・三月八日の婦人の日が、一部のひとの策動だなどと宣伝されることの真相は、おのずからあきらかとなりました。戦争で世界をかきまわそうとする人々は、世界の人民が平和のために結集することをいつもおそれ、憎悪します。おくれた国々とされていたアジアの諸民・・・ 宮本百合子 「国際婦人デーへのメッセージ」
・・・の説明は皮相な政界内幕の域を脱し得ていないこと、従って、当時のレイノーにその社会的な矛盾紛糾を解く方策が見出せなかった瞬間にはモーロアも一箇の派手な話の運搬人としての存在でしかあり得なかったのだという真相が十分それらの評者に把握されていない・・・ 宮本百合子 「今日の作家と読者」
・・・左翼の人は、日本とソビエットとを問わず、この合理的解釈を持っていますから、時とすると、真相を理解することが出来ないのだろうと思います。」 松本という予審判事は男の打ちとけた態度に好感をもったと書かれているが、読者は困惑と不快との感情にの・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・ しかし自分の経験をほんとうに理解しようとする人が知っているように、経験の真相をつかむということはきわめてむずかしい深い問題である。それはただ意識の表面に現われるものをたどって行っただけではわからない。ことに「性慾の強い力」とか「生への・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
・・・あるいはほとんど無意識に自分の感じた事の真相から眼をそむける人もある。これらの事実は表現の虚偽をひき起こさないではやまない。 表現を迫る内生はそれにピッタリと合う表現方法を持っている。この関係を最も適切に言い現わすため、私はかつて創作の・・・ 和辻哲郎 「創作の心理について」