出典:青空文庫
・・・二人の子が順番でかわるがわる取るのであったが、年上のほうは虫に手をつけるのをいやがって小さなショベルですくってはジャムの空罐へほうり込んでいた。小さい妹のほうはかえって平気で指でつまんで筆入れの箱の上に並べていた。 庭の楓のはあらかた取・・・ 寺田寅彦 「簔虫と蜘蛛」
・・・はじめて小説らしい小説を読んだから、感銘が新鮮でいつか余程前にジャムの「夜の歌」を読んでもらって、その感銘が私のなかへ「祝い日」の出来るようなリズムをかき立てましたが、おなじようなことが小説の方でおこるようです。これも嬉しいことの一つ。この・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・老人は、自分で煮た苺のジャムを食べさせながらそのようなことをも話した。 ローザの手紙はこのほか、カウツキーの妻にやったのを纏めたのが翻訳出版されているのである。しかしこの手紙のところどころ読んで、私が最も強く精神を引立てられたのはローザ・・・ 宮本百合子 「生活の道より」
・・・その客間で、「昔は杏ジャムやポルトガルの濁酒を売った小商人」今ではブルジョア化粧品屋でユロ男爵の息子にその一人娘を縁づかせている五十男のクルベルが、安芝居のような身ぶり沢山で、而も婿の生計を支えてやらなくてはならぬ愚痴を並べ、借金の話、娘の・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ 建物の横手に大型トラックが来ていて、手拭で頭をくるりと包んだジャムパー姿の若い人が三四人で、トラックの上から床几をおろしているところであった。 床几は、粗末ではあるがどれも真新しく木の香がした。真新しいのは、その床几ばかりでなかっ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・荷馬車屋、韃靼人の従卒、軍人とジャム壺をもって歩いてふるまいながらおしゃべりをすることのすきな陽気なその細君などという下宿人の顔ぶれの中で、この「結構さん」は何という変な目立つ存在であったことか。 ゴーリキイはだんだんこの「結構さん」と・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・ただ家から果物やジャムなんかを持って来ることは随意というわけで、入院産婦への見舞受付口には亭主らしい数人の男と七八人の籠を腕にかけた女連が立っている。 炊事場の取締りをやっている肥った小母さんが自分を見て、「どうです? われわれの産・・・ 宮本百合子 「モスクワ日記から」
・・・丁度茶を飲んでるところで、テーブルに野苺のジャムが出ていた。 ――一口お茶のんでいらっしゃいよ。明日の晩はもう飲みたくたって私の家の茶なんぞ飲めませんよ。 ――でもね、マリア・アンドレヴナ。 日本女は惜しそうに艷々した苺のジャム・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」