にお・う〔にほふ〕【匂う】例文一覧 15件

  1. ・・・たね子はこう云う夜の中に何か木の芽の匂うのを感じ、いつかしみじみと彼女の生まれた田舎のことを思い出していた。五十円の債券を二三枚買って「これでも不動産が殖えたのだからね」などと得意になっていた母親のことも。…… 次の日の朝、妙に元気のな・・・<芥川竜之介「たね子の憂鬱」青空文庫>
  2. ・・・その匂うばかりの美しさ!「しかし、奇遇でしたね」 と、思わず白崎は言った。「――おかげで退屈しないで済みました。汽車の旅って奴は、誰とでもいい、道連れはないよりあった方がいいもんですなア。どんないやな奴でも、道連れがいないよりあ・・・<織田作之助「昨日・今日・明日」青空文庫>
  3. ・・・姉が死んだのは、忘れもしない生国魂神社の宵宮の暑い日であったが、もう木犀の匂うこんな季節になったのかと、姉の死がまた熱く胸にきて、道子は涙を新たにした。 やがて涙を拭いて、封筒の裏を見ると、佐藤正助とある。思いがけず男の人からの手紙であ・・・<織田作之助「旅への誘い」青空文庫>
  4. ・・・だからかわいたしみったれた考えを起こさずに、恋する以上は霞の靉靆としているような、梵鐘の鳴っているような、桜の爛漫としているような、丹椿の沈み匂うているような、もしくは火山や深淵の側に立っているような、――つねに死と永遠と美とからはなれない・・・<倉田百三「女性の諸問題」青空文庫>
  5. ・・・ 大学の地下に匂う青い花、こそばゆい毒消しだ。よき日に来合せたもの哉。ともに祝わむ。ともに祝わむ。 盗賊は落葉の如くはらはらと退却し、地上に舞いあがり、長蛇のしっぽにからだをいれ、みるみるすがたをかき消した。     決闘・・・<太宰治「逆行」青空文庫>
  6. ・・・ぽうッとしかも白粉を吹いたような耳朶の愛らしさ。匂うがごとき揉上げは充血くなッた頬に乱れかかッている。袖は涙に濡れて、白茶地に牛房縞の裏柳葉色を曇らせている。島田髷はまったく根が抜け、藤紫のなまこの半掛けは脱れて、枕は不用もののように突き出・・・<広津柳浪「今戸心中」青空文庫>
  7. ・・・オゾーンに充ちた、松樹脂の匂う冬の日向は、東京での生活を暗く思い浮ばせた。陽子は結婚生活がうまく行かず、別れ話が出ている状態であった。「あああ、私も当分ここででも暮そうかしら」「いいことよ、のびのびするわそりゃ」「――部屋貸しを・・・<宮本百合子「明るい海浜」青空文庫>
  8. ・・・ 変に匂うぜ……」 一言が、思い掛けない結果になった。グラフィーラは、刺されたように床から跳び上った。「いやかい? いやんなって来たのかい私が。知ってるよ、いやなのは! そう云いな。何故だましてるんだ? どうして私を嬲もんにしてるん・・・<宮本百合子「「インガ」」青空文庫>
  9. ・・・何でも松平さんの持地だそうであったが、こちらの方は、からりとした枯草が冬日に照らされて、梅がちらほら咲いている廃園の風情が通りすがりにも一寸そこへ入って陽の匂う草の上に坐って見たい気持をおこさせた。 杉林や空地はどれも路の右側を占めてい・・・<宮本百合子「からたち」青空文庫>
  10. ・・・青春の美しさは、それなりの麗わしさとして感ぜられず、娘盛り、お嫁入りと常識のなかで結びつけられていたからこそ、白粉が匂うことにもなったのだと思う。女性の一生の見かたのなかに日頃からそういうモメントがふくまれていることには寸毫も思いめぐらさな・・・<宮本百合子「歳月」青空文庫>
  11. ・・・ 房々と白い花房を垂れ、日向でほのかに匂う三月の白藤の花の姿は、その後間もなく時代的な波瀾の裡におかれた私たち夫婦の生活の首途に、今も清々として薫っている。 その時分、古田中さんのお住居は、青山師範の裏にあたるところにあった。ある夏・・・<宮本百合子「白藤」青空文庫>
  12. ・・・きょう、塀そとを通る私たちに見えるものは、昔ながらの丸善工場のインクの匂う門のあたりに、繁った古い樫の梢ばかりである。 その時分、この辺にほんとに、からたちの垣根が沢山あった。松平の空地をめぐって、からたち垣があるばかりでなく、その斜向・・・<宮本百合子「田端の汽車そのほか」青空文庫>
  13. ・・・ しめりはじめた草むらが匂う道を歩きながら牧子がきいた。「よくって云えるかどうかしらないけれど――なあぜ?」「たしか、瀬川の御友達のかただったと思うんですけれど……わたしは御存じないんです」 きょうが目には見えない女と子供の・・・<宮本百合子「風知草」青空文庫>
  14. ・・・愛を表現しようとする心の望みが高まったとき、私たちはどうしてその熱情に応じて花咲き、匂う自身の肉体を否定したり、そこに獣を見たりしよう。人間の感能がこのように微妙に組織されており、機能がしかく精密であるということには、それにふさわしく複雑で・・・<宮本百合子「若き世代への恋愛論」青空文庫>
  15. ・・・彼女の美しさは、昔秀吉が恋着した母の美しさを匂うばかりの若さのうちに髣髴させた。年齢の相異や境遇の微妙さはふきとばして、彼女を寵愛した。錦に包まれて暮しながら、お茶々といった稚い時代から、彼女の心に根強く植付けられていた「猿面」秀吉に対する・・・<宮本百合子「私たちの建設」青空文庫>