ひばくしゃ【被爆者】
1 爆弾による攻撃を受けた人。 2 特に、原子爆弾などの核爆弾による攻撃を受けた人。→被爆 [補説]厚生労働省は、被爆者援護法に基づいて、原爆投下時に広島・長崎市などの一定区域にいて直接被爆した人を1号被爆者(直接被爆者)、原爆投下から2週間以内に救護・医療・親族探しなどのため爆心地から2キロメートル以内の区域に立ち入った人を2号被爆者(入市被爆者)、被爆地の外に避難した被爆者の救護や遺体の処理に携わるなどして残留放射能により被爆した人を3号被爆者(救護被爆者)、1〜3号被爆者の胎児だった人を4号被爆者(胎内被爆者)と定めている。
ひばくしゃけんこうてちょう【被爆者健康手帳】
昭和20年(1945)8月に広島市と長崎市に投下された原子爆弾によって被害を受け、被爆者援護法に基づいて被爆者と認定された人に交付される手帳。所持者数は11万8935人(令和4年3月末現在)。医療費や健康管理手当・介護手当などの支給を受けることができる。被爆者手帳。
ひばくしゃてちょう【被爆者手帳】
⇒被爆者健康手帳
出典:gooニュース
「被爆80年・100年も同じ状態に」原爆ドーム周辺の樹木をボランティアで剪定
広島市造園建設業協会 世良聡会長「気持ちも新たに今後被爆80年、100年迎えると思うが、いつ来ても同じような状態を保てるように管理していきたい」午後からは原爆ドームの敷地内の雑草を抜く作業などが行われるということです。
原爆により被爆しながら多くの人を救護し 平和のメッセージを発信し続けた医師・永井隆のパネル展 島根県雲南市
原爆を投下された際に被爆しながらも、多くの人の救護にあたり、平和の大切さを訴えてきました。雲南市市制施行20周年記念 永井隆顕彰委員会 吉山治 委員長「我々の地域には、永井隆博士という方がいるということをもっと多くの方に知っていただきたいなと思っています」今回はこのパネル展のほか、永井隆の育った家などを訪問するツアーも行われたということです。
広島で原爆死没者の記帳始まる 被爆79年、8月6日に向け
広島市役所で3日、昨年8月6日の「原爆の日」以降に亡くなったり、既に亡くなったと遺族から申請があったりした被爆者の氏名や年齢を、原爆死没者名簿に書き加える作業が始まった。8月5日まで続き、翌日の平和記念式典で原爆慰霊碑の下にある石室に納められる。 今年は被爆から79年。市によると、昨年8月6日までに氏名が記帳された死没者は33万9227人で、名簿は124冊ある。
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