・・・「よいか、支度が整うたら、まず第一に年かさな陶器造の翁から、何なりとも話してくれい。」 二 翁「これは、これは、御叮嚀な御挨拶で、下賤な私どもの申し上げます話を、一々双紙へ書いてやろうと仰有います――それば・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・ 三 這奴、窓硝子の小春日の日向にしろじろと、光沢を漾わして、怪しく光って、ト構えた体が、何事をか企謀んでいそうで、その企謀の整うと同時に、驚破事を、仕出来しそうでならなかったのである。 持主の旅客は、ただ黙・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ つつと鷲が片翼を長く開いたように、壇をかけて列が整う。「右向け、右――前へ!」 入口が背後にあるか、……吸わるるように消えました。 と思うと、忽然として、顕れて、むくと躍って、卓子の真中へ高く乗った。雪を払えば咽喉白くして・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・るきり、その人たちに留めさせる事の出来ない事は、解って、あきらめなければならないまでも、手筈を違えるなり、故障を入れるなり、せめて時間でも遅れさして、鷭が明らかに夢からさめて、水鳥相当に、自衛の守備の整うようにして、一羽でも、獲ものの方が少・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・また不完全ながらも心の調子が整うていればまだしもですが、さらにいびつになってできているのですから、様子がよほど変です、泣くも笑うも喜ぶも悲しむも、みな普通の人から見ると調子が狂っているのだからなお哀れです。 おしげはともかく、六蔵のほう・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・十円を持って、かの友人の許へ駈けつけ、簡単にわけを話し、十円でもって、そのあずけてあるところから取り戻し、それから、シャツ、ネクタイ、帽子、靴下のはてまで、その友人から借りて、そうして、どうやら服装が調うた。似合うも似合わぬもない、常識どお・・・ 太宰治 「花燭」
・・・私は一糸みだれぬ整うた意志でもって死ぬるのだ。見るがよい。私の知性は、死ぬる一秒まえまで曇らぬ。けれどもひそかに、かたちのことを気にしていたのだ。清潔な憂悶の影がほしかった。私の腕くらいの太さの枝にゆらり、一瞬、藤の花、やっぱりだめだと望を・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・ひまがあったら、この感じを明暸に解剖して御目にかけたいと思うが今では、そこまでに頭が整うておりませんから一言にして不愉快な作だと申します。沙翁の批評家があれほどあるのに、今までなぜこの事について何にも述べなかったか不思議に思われるくらいであ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・どうもその絵はそれで或程度まではチャンと整うてはいないと思います。しかし、自分が自分の絵を描いている、という感じは確かにしました。しかしその色の汚い方の絵は未成品だと思います。それだから同情もありそれを描いた人に敬意も持ちますけれども、わざ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・官の費用少くして事務よく整うものというべし。 明治五年申四月学校出版の表によるに、中小学校の生徒一万五千八百九十二人、男女の割合およそ十と八とに等し。年皆七、八歳より十三、四歳。いまより十年を過ぎなば、童子は一家の主人となりて業を営み、・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
出典:青空文庫