・・・「松村です、松村は確かだけれど、あやふやな男ですがね、弱りました、弱ったとも弱りましたよ。いや、何とも。」 上脊があるから、下にしゃがんだ男を、覗くように傾いて、「どうなさいました、まあ。」「何の事はありません。」 鉄枴・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ いッそ、かの女の思うままになっているくらいなら、むずかしいしかもあやふやな問題を提出して、吉弥に敬して遠ざけられたり、その親どもにかげで嫌われたりするよりか、全く一心をあげて、かの女の真情を動かした方がよかろうとも思った。 僕の胸はい・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 「どうも旦那、お出になるかならないかあやふやだったけれども、あっしゃあ舟を持って来ておりました。この雨はもう直あがるに違えねえのですから参りました。御伴をしたいともいい出せねえような、まずい後ですが。」 「アアそうか、よく来てくれ・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・でさえ、あやふやにしか知っていないので困った。相手のたゝいて寄す歌が分ると、そのしるしに、こっちからも同じ調子で打ちかえしてやる。隣りはその間、自分のをやめて聞いているのだ。そして俺のが終ると、 ドン、ドン、ドン………………。 と打・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・がそうしながらもあやふやな気があった。笛が鳴った。ガタンガタンという音が前方の方から順次に聞えてきて、列車が動きだした。そうなってしまうと、今度はハッキリ自家へ真直に帰らなかったことが、たまらなく悔いられた。取り返しのつかないことのように考・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・という、あやふやな装飾の観念を捨てたらよい。生きる事は、芸術でありません。自然も、芸術でありません。さらに極言すれば、小説も芸術でありません。小説を芸術として考えようとしたところに、小説の堕落が胚胎していたという説を耳にした事がありますが、・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・文体もあやふやで申しわけありません。でもほっとしています。明日の朝になれば、だせなくなるといけませんから、すぐだします。おひまのときに、おたより、いただけたらと思います。おからだお大事にねがいます。斎藤武夫拝。太宰治様。」「御手紙拝見。・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・〈芸術的〉という、あやふやな装飾の観念を捨てたらよい。生きる事は、芸術でありません。自然も、芸術でありません。さらに極言すれば、小説も芸術でありません。小説を芸術として考えようとしたところに、小説の堕落が胚胎していたという説を耳にした事があ・・・ 太宰治 「芸術ぎらい」
・・・発表されると予期しているような、また予期していないような、あやふやな書簡、及び日記。蛙を掴まされたようで、気持ちがよくないのである。いっそどちらかにきめたほうが、まだしもよい。 かつて私は、書簡もなければ日記もない、詩十篇ぐらいに訳詩十・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・本当に引っかけたのならそれもいいけれど、そこがあやふやだから困る。もっともそれを見究めなかったのは、己にもあやふやなところがあるからだ」道太はそう思うと、この事件の全責任が道太に繋っているように言う一部の人たちの言草にも、厳粛にいえば、相当・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫